金魚行き交う
末尾に挿絵あり
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真夏の夜は藍色を深くして、蒼銀の月は細く満ち始めたところ。滴る月の雫は、緩く波打つ黒髪を紫に染める。白い木枠の引き上げ小窓が、カタリと小さな音をたてる。静寂に溶ける乙女の吐息は、闇より浮かび出た情熱の瞳を洗う。
「シランス」
耐えきれず溢れる甘い呼びかけが、窓から乗り出す乙女の髪を撫でる。
「ノワール」
応える乙女の瞳は星を宿して、神秘的な銀色に煌めく。繊細な絹糸を手繰るように、弦ダコのある白い指が黒髪の滝を泳ぎ登る。やがてたどり着くまろやかな頬は、夜の中ですら薄紅に色づく。
「良いのだね?」
見上げるふたつの濃紺が、長い銀のまつ毛の陰で渇望に悩む。肩に流れる真っ直ぐな銀髪は、月を照り返し乙女の瞳を飾る。
「ええ」
乙女のたおやかな指先は、月光で青緑に妖しく光っている。形の良い爪が誘われるままに彫りの深い若者の顔へ近づく。柔らかな人差し指の腹がそっと若者の瞼に触れて、静かにこめかみへと辿る。
悪戯に這う乙女の白い指を、器楽に馴染んだ節立つ指が絡めとる。乙女の銀と若者の濃紺が焦がれ合う。若者は伸び上がり、芳しく誘う乙女の吐息を飲み干した。
名残りを惜しみつつ離れる唇から、確かめるような言葉が流れ出す。
「この口付けが終わりなき夢への扉を開く」
乙女はひたと若者を見据え、凛々しく涼やかな答えを与える。
「ええ。連れて行って」
転がり落ちるように、黒髪が流れて乙女は若者の腕に納まる。若者は大切に乙女をいだき、ふわりと夏の夜空に飛び立った。
窓の中の闇は、外の夜と混ざり合う。飛び立つ2人を追うように、部屋の中から鮮やかな朱色の小魚が溢れ出た。異国の池を艶やかに漂うその魚は、ひらひらとコケティッシュな尾を揺らす。
乙女の袖を思わせる薄くしなやかな尾鰭は、2人が旅する夜空一面に波打った。夜鳴鳥の歌が聞こえる。月下香の白い花が夜風に揺れて、旅立つふたりを密やかに包む。
今宵御霊渡の夢幻の夜に、ある隠れ屋の乙女がうつつを離れる。月の彼方にあるという、幻影の園へ乙女を誘う美しい若者は誰か。
「ノワール、わたくしの、永遠なる闇の王」
「シランス、わが微睡の果てなき命」
ふたりは飽かず囁き交わす。境を超えて舞う金魚を従えて、気まぐれに多くの世界の夜を行く。
今からファンアート2021より
加純様作『夏の夜の夢、金魚が泳ぐ』
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