後
あの日、僕が恋人を庇えていれば……と日々考えてしまう。
あれだけの槍が襲ってきたのだから、きっと守りきることは出来なかっただろうけれど、せめて一緒に死ぬことは出来ただろう。
そう思うとやりきれない。
何より、牢獄の外で喚いているラビー・サラーハートが許せない。
「ねえねえねえねえねえねえねえ~~~? いつまで背中向けてるの~~~? せっかく良い顔してるんだから、こっち見てよ~~~?」
退屈だと言わんばかりに間延びした声が聞こえる。
背を向けているからラビーの顔は見えないけれど、きっと仏頂な表情であることだろう。
「わざわざ死刑囚に会いにくるなんて、王女様も暇なんだな」
と、ここで僕は初めて彼女へ会話を投げ掛けた。
いい加減、彼女の意図が知りたかったからだ。
どういうわけで己が死刑に追い込んだ男に会うために毎日わざわざ牢獄までやって来るのか……。
「わあっ! 初めて話してくれたね! 嬉しいんですけど★」
「喜ばないでくれ。鬱陶しい」
「ひどーい(ぴえん涙)。本当は貴方も嬉しいくせに★」
「君、変だよ。色々と」
「よく言われる! 褒めくれてありがとう!」
いや、褒めてない。
やっぱり、ラビーは何かが狂っている。
王族特有の傲慢さとは違って、頭のネジ1個がイレギュラーなのかもしれない。
「1つだけ教えて欲しいのだけれどーー、」
「何? 貴方の恋人を殺した話?」
コイツ……、
ダメだ。感情的になるな。ぐっと堪えろ。
「どうして僕に会いに来るんだ?」
「どーしてって、好きだからだよ。ううん、好きって言葉じゃ陳腐だね。愛してるからだよ」
は?
「愛してる? 君が、僕を……?」
「そうだよ。愛してるの。あたし→(が)→貴方を★」
「な、なぜ?」
「愛に理由なんて必要なの?」
たぶん、愛に理由はいらないけど、
これは間違っても愛じゃねえーよ、美少女。
「君は僕にフラれた意趣返しでこうして僕を死刑にしたんだろう? それなのに、愛してるってのは理解できないんだけれど」
「あー、違う違う違うよ~。理解できてないね~」
…………???
「良いこと教えてあげる★ あたしに愛を誓えば、貴方は死刑から解放されます!」
何言ってるんだ、この女?
「怖いよね怖いよね、怖いよね?」
「何が?」
「死刑★」
いいや、今はお前の方が怖いぞ、美少女。
「で~~~~~も~~~~~、あたしと結婚すれば貴方はその恐怖から救われるのです!」
嗚呼、なるほど。
そういうことか。
「僕が死刑の恐怖に耐えることが出来ないで命乞いする。そして、そのタイミングで君は僕に結婚を迫るって魂胆か」
「頭い~ね★ そういう人も好きだよ★」
「………」
「で、どうする? あたしのこと愛した?」
「愛してない。けれど、それ以上に僕は君がわからない」
「どこが?」
「全部」
恋人を殺して、牢獄に閉じ込めて、死刑で脅せば自分を愛してくれるーー、なんてどうしたらそんな思考になるのだろう。
「やだやだヤダヤダやだやだやだ」
突然、ラビーが鉄檻に頭をぶつけ始めた。
「わかってよ! 愛してよ!」
彼女のヒステリが発狂する。
「あたしは貴方が好き、愛してるから結婚するの!!! 貴方はあたしを好きにならなくちゃいけないの、愛さなくちゃいけないの!!!」
と、ラビーは頭を打ち付けるのを止めた。
そして、言う。
「無理なら、殺すよ?」
目が据わっている。
先刻までの騒々しさは身を潜め、危うい静寂を纏っている。
「これは脅しじゃないよ。本気だよ。あたしを愛してくれないなら殺す。ううん、あたしが貴方と一緒に死んであげる。一緒に死ぬのは特別な関係だよね。結婚するのと同じくらい、愛し合ってるのと同じくらい、特別だよね」
返す言葉が見つからない。
どんな返答が正解がわからない。
「黙ってないで、何か言って」
カチャリとラビーが牢獄の鍵を開けた。
そのままゆっくりと牢獄に踏み入れ、僕に向かって歩を進める。
「嫌? あたしと結婚するのがそんなに嫌?」
…………、
「悲しいなあ。悲しいんだよ。誰もあたしを愛してくれないから」
…………、
「あたしをヤバいって思ってるよね。変わってるって言ってたものんね」
…………、
「でも、ね? あたしだって本当はちゃんとした可愛いだけの美少女だったんだよ?」
…………、
「なのに、誰もあたしを愛してくれないから、あたしは壊れちゃった。みんながあたしを拒絶するからあたしは壊れちゃったの」
……わからない。
……きっと、事細かくお前の歴史を教えてもらってもわからねえーよ、美少女。
「あたしが酷いことをしたのは、あたしも酷いことをされたから。別に貴方にされたわけではないけれど、これまであたしがされた分を貴方にしただけ」
…………、
「まあ、今はこんな話はどうでもいいっか」
……そうだな、美少女。
「あたしはね、もう疲れちゃってるの。愛を求めることに。心がボロボロなの。だから、貴方で最後にしようと思ってたんだ」
…………。
「貴方に拒絶されたらこれだ最期にする」
そして、ラビーは懐から丸い包みを取り出した。
「貴方と最期にするって決めてたの」
彼女が手に持っているのは爆薬だとわかった。
なるほど、これは脅しではないらしい。
「どう? 貴方はあたしと結婚してくれる?」
残念だけど君とはーー、君とだけとは無理だよ、美少女。
「そう。なら、貴方とあたしを結びつけてくれるのは"死"しかないね」
ラビーはすっと丸い包みから伸びている糸を握った。
対して、僕は素早く彼女を取り押さえるべく動いたけれど、
「ーーっ!?」
「無駄だよ。こう見えてもあたし、騎士団長を務められるレベルだからさ」
返す刀で僕は石床にうつ伏せに押し倒された。
耳元でラビーが囁く。
「大丈夫。こんな形でもあたしは貴方と"幸せ"に"結婚"できるから」
殺害する相手と結婚するーー、いわば、殺害婚だね。
刹那、ラビーが悲しそうに微笑んだ。
そして、女は丸い包みから糸を引き抜いた。
この爆音が彼女にとっての"幸せのベル"だったのかもしれない。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
もしよければ評価していただけると嬉しいです。




