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 目を覚ました。

 視界に現れる無機質で冷たい土の壁はこの朝で見慣れてしまった。

 石の床に直接寝かされるせいで起き上がると体が痛い。

 おまけに窓もなく、外気がそのまま入ってくるから喉がイガイガしていけない。


 ーー、まあ仕方ないか。

 ーー、これが処刑される"罪人"の扱いなんだろう。


 僕の目線の先には牢獄の鉄檻。

 そう。何を隠そう、僕は罪人であり、日々処刑を待つだけの死刑囚なのだった。


 ーー、罪状「婚約破棄」。

 ーー、判決「死刑」。


 形だけの出来レースを主導する裁判官は僕にそう告げた。

 あんまりだった。酷い話だった。

 しかしながら、僕はしがない一般市民である。

 王族を相手にした裁判に勝てるわけがない。

 全ては彼らの思い通りに運ぶように裏で細工されているのだから。


「やっほー★ 今朝の目覚めはいかがかな?」


 と、ここで牢獄には似合わない天真爛漫で高い声が響いた。


「今日も愛しのラビー様が君に会いに来てあげたよ★」


 その声を聞いて、僕の口から自然とため息が零れる。


「なになに? どうして今日も浮かない顔してるの? 可愛い可愛い可愛くて堪らない女の子が可哀想な死刑囚くんにこうも健気に毎日会いに来てあげてるっていうのに」


 そう捲し立てるように声の主は言いながら、僕の鉄檻を掴んで顔を檻の間に捩じ込んでくる。


「無視無視無視無視無視ー!?」


 僕はそう繰り返し問いかけてくるこの女を彼女の言葉通り無視して背を向けた。


「ねえねえねえねえねえねえねえ★ 今日こそちゃんとお話しよーよ!!!★」


 ラビー・サラーハート。

 僕に執拗に絡んでくるこの女の名前だ。

 そして、僕がこうして死刑に処されることになった責任の張本人である。

 見た目は美少女なのだけれど、性格に癖があった。

 酷くえぐ味のある女だった。

 その上、王族特有の傲慢さがあるからなおのことタチが悪かった。


「婚約してから一回もあたしの目を見て話してくれないじゃん(ぴえん)」


 婚約などとこの女は言うが、それはあまりにも一方的な婚約だった。

 急に僕の家に来ては「一目惚れしたからあたしと婚約しなさい」と迫ってきたのだったから。

 突然のことだったし、僕には長年一緒にいる恋人が既にいたので、丁重にお断りした。


 でも、それがいけなかった。


 僕の拒絶は彼女のプライドを逆撫でしてしまったようだった。

 王族の美少女ともなれば、フラれたことなどなかったのだろう。望んだ男を自分の物(者)に出来たのだろう。


 だから、僕の断りにラビーはひどく腹を立てた。


 僕にフラれたラビーは翌日に大勢の兵士を連れて僕の家に再訪した。


『貴方はあたしと婚約しましたの。これから一緒に城まで来るのよ』


 と、百本の槍を脅しにして再び僕にそう迫ってきた。

 当然のことながら、同じ理由で僕はお断りにした。


 すると、ラビーは泣き出した。


 巷の噂によればラビー第三王女は今年で22歳になるとのことだったが、まるで5歳児のような有り様だった。

 子供っぽさは見た目だけではなく、心もそうであった。

 故に、あんな残酷な決断をラビーはしたのだろう。


『貴方はあたしと結婚するのっ!!! その女が大切だっていうのならーーーーっ!!!』


 ラビーは右手で槍兵たちを煽る。

 ガチャガチャという甲冑の音が忙しくなると、ラビーは命令を下した。


『お前たち、あの女を殺しなさいっ!!!』


 あまりにも突飛なラビーの命令に僕は反応出来なかった。

 だから、咄嗟に恋人を庇うことが出来なかった。


『あははははははははははははっ★★★★★っ!!!!』


 無数の槍で恋人は全身を貫かれた。

 そこには躊躇いも慈悲もなかった。


『ねえねえねえねえねえねえねえねえ???? これであたしと結婚できるよね!?★!?★!?★』


 非道で残虐な命令を下しておきながら、この女はそう満面の笑みを向けてきた。

 信じられなかった。

 本当に同じ脳味噌を持った人間かと疑った。


『……は?』


 僕が怒りと憎しみの表情で断固拒絶すると、ラビーの顔から表情が消えた。


『連れていきなさい。で、地下牢獄にでも仕舞っておいて』


 一転、まるで別人みたいな冷たく低い声でラビーは兵士たちに命じた。


『あとでそこの女を殺した罪を被せて裁判にかけるから。あたしとの婚約を破棄した罪もあるから、簡単に死刑にできるよ』


 ーー、これが僕とラビーの関係だった。

 ーー、そして、僕が地下牢に閉じ込められている理由だった。

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