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湖畔での出会い

その悲鳴は、水際から聞こえた。


襲われて切羽詰まったような、そういうものではない。

どちらかと言えば、驚いて思わず上げたような、そんな声だ。


「今の、何?」

フラウレティアは周囲を見回した。


水中木で仕切られたこちら側には、大きな船はない。

代わりに少し離れた所の水際には、数人が乗るような手漕ぎボートが十数隻並んでいた。

明かりと人目を避けて来たので気付かなかったが、ボートの並びの向こうには桟橋があった。

日中は、この辺りでボートに乗って過ごすことが出来るのだろう。



「人がいる」

夜目が効くアッシュが呟いた。


よく見れば、ちょうど並んでいる真ん中辺りのボートに、仄明るい灯りが見えた。

光量を絞っている魔術ランプのようだ。


耳をすませば、「恐い」と震えるように細い少女の声と、唸るような別の声がする。

フラウレティアとアッシュは目を見合わせて、その声の方へ気配を殺して近付いた。




水際で、底を半分岸に乗り上げたボートの上に、人がいた。

どうやら三人で、騎士らしき女が蹲り、何やら唸っている。

残りの二人も女性のようだが、ボートの湖面側の縁に寄って、抱き合うようにして震えている。


「フラウ、水蛇と格闘中だぞ」

アッシュが言った。

ここまで近付けば、フラウレティアにも女騎士の腕に巻き付いて骨を軋ませようとしている水蛇が見えた。


太さは一番太いところで手首程度の種類だが、なにせ長さが大人の身長程もある蛇だ。

それが腕に巻き付いて締め付ければ、そう簡単には振りほどけない。


「助けよう、アッシュ」

水蛇を相手に、明らかに苦戦している女騎士を見て、フラウレティアは迷わずそう言って近付いた。





短髪の女騎士は、長い水蛇の胴を、力一杯引き剥がそうとしていた。


お忍びで動いていた為に、魔術ランプの光量を絞っていたのが不味かった。

ボートの縁で眠っていた水蛇に気付かなかったのだ。

主である少女と、その侍女が乗り込んでから動いたのに気付いた。

急いで間に身を滑らせたが、その瞬間に水蛇が腕に巻き付いたのだった。


利き腕の右側だったので、すぐに抜剣するよりも引き剥がそうとしてしまい、その左手首も尾に巻き付かれた。

こうなると力比べだったが、彼女は完全に力負けしていた。

蛇の締める力というのは、想像よりもずっと強いのだ。



「水蛇を退()けるから、動かないで」

水蛇と格闘することに必死だった女騎士は、突然ボートの側に現れたフラウレティア(少女)に驚いた。

その更に後ろに、大柄な男がいるのに気付き、構える。

「何者だ!?」

しかし、両手を水蛇に絡め取られている以上、態度で威嚇するだけで精一杯だった。


「大丈夫。水蛇に絡まれているようだから、助けに来ただけ。じっとしてて」

「助けに……!?」

暗闇から突然現れた者に、即「ありがとう」と反応出来るわけがない。

しかし、女騎士が警戒を解く前に、少女の後ろの男がスッと腕を上げて水蛇を指した。


すると、どうだろう。

あれ程に締め付けていた水蛇が、まるで男に怖れ慄くように、その身体をスルリと腕から解き、そのまま湖面へ跳んで逃げたのだ。


女騎士は呆気に取られて、思わず口を開いたまま、大きくなる波紋を見つめた。



「大丈夫ですか?」

ボートには乗らず、距離を開けたままで少女が言った。


女騎士は、我に返って向き直った。

魔術ランプの光量を絞ってあるので、少女の容貌ははっきりとは分からなかったが、明らかに貴族の娘の格好ではない。

しかし、自分が背後に守っている少女(あるじ)と同じくらいの歳に見えた。


「助かった。突然水蛇に遭遇して、難儀していたのだ。……この辺りの住人だろうか?」

右腕の骨や筋が傷んでないことを確認しながら、女騎士が言った。



「いいえ。……あ、と、たまたま通りかかっだだけですから」

女騎士が礼を言いつつも名乗らず、後ろの二人を気にしている様子に気付いて、フラウレティアも素性には触れず、そのまま去ろうとした。


この園遊会は、貴族達が集う場だ。

この人気のない場所に、護衛騎士らしき者を連れて出ているのなら、園遊会に参加する為に集まった貴族が、お忍びでここに出てきているのだろうと察したのだ。


「行こう」

アッシュを促して、フラウレティアはその場をすぐに去ろうとした。



「貴女たち、助けてくれてありがとう。礼を言います」


細く繊細な声が、女騎士の後ろから響いた。

振り返ったフラウレティアの目に映ったのは、ボートの縁からこちら側へ近寄った少女だ。

フラウレティアと背格好は同じくらいだが、ランプの仄かな明かりに照らされた肌は、フルデルデ王国の古い血筋に多いとされる、褐色だった。


少女の隣にいた女が、いけません、というような声を掛けたが、少女は首を横に振った。

「いいえ、助けて頂いたのよ。礼を述べるのは当然のこと。本当にありがとう」

「あ、いえ。大事にならなくて良かったです。それじゃあ」

フラウレティアは向き直って返事をし、最近の習慣から、貴族的なお辞儀(女性の立礼)をして立ち去ったのだった。





二人は半刻ほど散策をして、誰かに見つかることなく別荘へ戻った。


「楽しかったね」

出た時と同じように窓から入り、フラウレティアが満面の笑みで、小声で言った。

駆け戻って来たので、その頬は上気している。

「ああ、楽しかった」

アッシュは答えながら、フラウレティアの頬から目が離せない。


あの頬に触れたいと思う、この気持ちは何だろう。

さっき湖畔で、その身体を離したくないと思ったのは―――。



「アッシュ?」

窓際で止まっているアッシュを振り返ったフラウレティアに、僅かに笑む。

そして、頬でなく頭に手を伸ばすと、アッシュは彼女の明るい銅色の髪をそっと撫でた。


「明日、準備で朝早いんだろう? もう休め」

「……側にいてくれるんでしょう?」

「ああ、ずっといる」

その答えを聞いて、フラウレティアは嬉しそうに微笑んだ。





その夜、ベッドで気持ちよさそうに寝息を立てるフラウレティアを、アッシュは静かに見下ろしていた。



――――娘じゃない。



アッシュの胸に、初めて自覚した想いが強く押し寄せる。


フラウは、娘なんかじゃ……。


大きな爪の付いた手の平で額を押さえ、アッシュはベッドの側に座り込んで、ただ彼女の顔を見て一夜を過ごした。




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