園遊会に備えて
レンベーレが園遊会の知らせを持って来てから、二日後。
領主館に戻ったディードを、ローナスが出迎えた。
そして、旅装を解くために自室へ戻ったディードに、ローナスはそのままくっついて来て説明を急かした。
「側室殿下が招いた?」
ローナスに問われて、ディードは従僕のエナが黙々と上掛けを畳むのをちらりと見てから、小さく頷いた。
「そうだ。遊学の土産に、招待すると仰ってな」
「……どうしてまたそんなことに?」
眉根を寄せたローナスに、ディードは首を振る。
「分からない。何か殿下の気に触ったように感じた。フラウレティアには離れ難い家族がいるから、遊学後はそちらへ戻すと話しただけだったのだが……」
ローナスが顔を顰めた。
「ディード、殿下が前王太子の婚約者になった経緯を知らないな?」
「経緯? 知らないが……」
まあ、そうだろうな、とローナスは口の中で呟く。
中央、特に王宮の様々な噂などは、真贋定かでないようなものが溢れかえっている。
多少でも興味を持っていれば、そういうものはいくらでも耳に入ってくるものだが、ディードはそんなタイプではない。
「婚約前、トルスティ殿下には下位貴族に想い人がいたらしい」
「想い人?」
「ああ。だが、王太子の正室として候補に挙がってしまった」
ローナスは軽く肩を竦めた。
当時、正室候補は数名挙がっていたが、年齢や容姿に気質、派閥を考慮されて選ばれたのがトルスティだった。
当然断れるものでもなく、家門の大きな後押しによって、トルスティは次代の王配を約束された正室となった。
しかし、病により、王太子は亡くなる。
王太子とトルスティの間に、まだ子はなかった。
トルスティは王宮を辞して、家門の領へ戻ることを望んだが、彼を後押しした者達はそれを許さなかったという。
現女王アクサナの王配となるべく王宮に縛り付けられたのに、結局、彼に与えられたのは側室の座である。
血筋の良い後継をつくることを課せられた、いわば種馬としての存在。
トルスティがどういう気持ちであったかは分からないが、今尚、快くその座に就いているわけでないことは、女王の対応を見れば分かるだろう。
ディードは深く溜め息をついた。
「……私の不用意な発言が、過去の何かに引っ掛かって気に触ったのは、間違いなさそうだな」
「まあ、仕方ない。こうなったのなら、園遊会には参加するしかないのだし、フラウレティアには出来るだけ目立たないようにしてもらえばいいだろうさ。……手元に残すつもりはないんだろう?」
念の為、もう一度確かめておこうと、ローナスが窺うように言えば、ディードは迷いなく頷いた。
「ああ。フラウレティアは、故郷へ帰す」
ローナスは軽く眉を上げた。
おそらく無意識に『故郷』と言ったディードは、フラウレティアが言ったように、彼女を娘として手元に置くことを本当に望んでいないのだろう。
あの利発な娘が、あっさりこの領を去って行くことになるのは避けられそうにない。
少し惜しい気がして、ローナスは小さく首を振ったのだった。
フラウレティアは、館の広間でマナーレッスンを受けていた。
休憩になり、壁際で椅子に腰掛けて見ていたレンベーレに尋ねる。
「“避暑園遊会”って、どんなものなんですか?」
「貴族の娯楽よ」
レンベーレの答えに、講師の女性が咳払いをした。
フラウレティアが振り返ると、講師は生真面目な様子で説明をする。
「園遊会自体は、貴族達の交流の場ですわ。避暑園遊会は、毎年王族主催で行われるもので、毎年いくつかの候補地から選ばれます。今回はアズワン湖で開催するようですね」
アズワン湖は、王都とアンバーク領の中間辺りに位置する、フルデルデ王国最大の湖だ。
湖畔には林が広がり、景色の美しさにも定評のある人気の避暑地でもある。
「王族主催……。じゃあ、女王陛下もいらっしゃるんですか?」
「例年はそうですが、今年は欠席だと聞いています」
「……そうですか」
フラウレティアが呟いた。
「女王に会ってみたかったの?」
講師が離れたのを見計らって、レンベーレが尋ねた。
「はい。……若返りの為に、ドルゴールに向けて兵を送っていた人は、一体どんな人なのか見てみたかったんですけど……」
「ああ、それね、どうやらちょっと間違った情報だったみたいよ」
「間違った情報?」
レンベーレは頷く。
中央の魔術士と連絡を取り合って分かったことと、ディードが王宮から持ち帰った情報を合わせれば、竜人の血肉を求めた理由は、やはり王配の奇病を治す為で間違いなさそうだった。
そして、それを女王に進言した、一人の魔術士の存在が浮上した。
しかし、そのことに関しては、レンベーレはフラウレティアの前では話さなかった。
話を聞いたフラウレティアは、表情を曇らせた。
大切な人の生命を、何としても助けたい。
その気持ちは分かる。
しかし、だからといって、他の多くの生命を犠牲にして良い理由にはならないと思う。
それとも、それ程の想いを、自分はまだ知らないだけなのだろうか……。
フラウレティアは、レンベーレの側に佇むアッシュを見る。
気配を殺すようにして、常に側にいるアッシュ。
殆ど喋ることもなく、特定の人達以外には空気のように扱われている彼は、それでも今も、ただフラウレティアを気遣うように見詰めている。
フラウレティアの胸が、ギュウと痛んだ。
「……本当の理由が違ったって、やっぱり間違ってるよ……」
アッシュ達竜人だって、人間と同じように感情を持って生きているのだから。
フラウレティアの呟きに、アッシュは堪らず足を踏み出した。
館の中では、常に付かず離れずの距離を保つようにしているが、今の彼女の顔を見れば、じっとしては居られなかった。
「フラウ……、っ!」
小さく名を呼んだ瞬間、アッシュは鋭く窓の外を見た。
「どうしたの?」
「…………いや……何でもない」
側に寄ったフラウレティアの頭に手を置きかけると、講師の咳払いが聞こえた。
アッシュは仕方なく手を降ろす。
そして、僅かに表情を動かして、彼女にだけ分かる笑みを見せた。
フラウレティアが休憩を終えてレッスンを再開すると、アッシュはもう一度外を見た。
窓の外には、明るい陽光が差す、普段通りの風景が広がる。
そこに、さっき感じたものはもうない。
最近、時々視線を感じる。
……いや、あれをただの視線と言って良いだろうか。
粘るような、あの不快な気配を―――。
久しぶりにアッシュが喋った……。
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