フルデルデ王国の側室
フルデルデ女王との謁見から二日。
謁見に続き、昨日で予定を全て終えたディードは、今日王宮を辞す。
広い廊下を通り、大扉を開けて庭園へと続く屋外へ出ると、庭園の方向から十人弱の一行がこちらに向けて歩いて来た。
身なりの良い優男の前に、護衛騎士が二人、後ろに侍従と侍女を合わせて四人、更に後ろに護衛騎士が一人。
ディードは自身の護衛騎士と共に脇へ避け、中心を歩いて来た優男に向けて立礼する。
「久しいな、アンバーク公」
「ご無沙汰しております、側室殿下」
“側室殿下”と呼ばれた男は、柔らかな飴色の目をやや細めた。
「その呼び方は好かぬよ、ディード卿」
「……申し訳ありません、トルスティ殿下」
改めて呼ばれ、トルスティは軽く笑んで頷いた。
フルデルデ王国、側室トルスティ。
色白の優しげな風貌の彼は、現女王アクサナの姉が王太子であった頃、その婚約者として次期王配の地位を約束されていた者だった。
しかし、王太子と他の王女達が亡くなり、アクサナが即位する際、既に配偶者であったキールを王配にと強く望んだ為、その地位を側室に落とすこととなった。
「アンバーク砦の一件は聞いた。惨いことであったな」
“惨い一件”では片付けられない全てを目の当たりにしてきたディードは、返答に僅かな間が空いた。
「……はい。燦々たる有り様でした。二度とあのようなことが起こってはならぬと考えます。どうか、今後は殿下も女王陛下をお諌め頂きますようお願い致します」
「私が?」
トルスティが軽く淡茶色の眉を上げる。
「私の意見を彼女が聞き入れると思うかね? そもそも彼女は、キール王配の病の原因を私が呪っているからだと思っているのに?」
くく、と喉を鳴らすように楽し気に笑ったトルスティは、一息付いて視線を宙に投げる。
「何もせずとも、次期女王の座は我が娘に転がってこようというのに、なぜ私がそのような小細工をすると思うのか」
アクサナとキールの間に生まれた娘は、二人共亡くなった。
アクサナ女王の子は、トルスティとの間に生まれたウルヤナ王子とイルマニ王女のみ。
フルデルデ王国は代々女王が治めるのが慣例である為、このままいけばイルマニ王女が王太子になることは当然と思われているが、現在は王女が未成人であることから、立太子の儀は見送られていた。
「それとも、女王陛下は今でも私が王配の座を狙っているとでも思っているのだろうかね。…………くだらない」
「殿下」
窘めるようなディードの声に、トルスティは視線をディードの上に戻して目を細めた。
「私に助力を求めても、無駄だよディード卿。私は何もしない」
「……それでは民が哀れです」
ディードは低く言った。
女王が民の生命を軽んじるような行いをしようとするのなら、周りの者がそれを止めねばならない。
側近や貴族院は勿論のことだが、王配や側室、それなりの年齢であれば、王子や王女でさえも。
それが、民からの租税で禄を食んで生きる王族と貴族達の役割の一つである。
しかしトルスティは、再びくくと喉を鳴らした。
「それを卿が言うのかい? 領地経営を投げ出して、僻地で魔獣を相手にしていた君が?」
ディードは開きかけていた口を閉ざす。
アンバーク砦での防衛も、アンバーク領主に課せられた一つの役割ではあるが、領主自らが行わねばならない訳では無い。
それ故に、領地経営を放り出していたのだと言われれば、そうではないと強く否定できないことも、ディード自身がよく分かっていた。
「ああ、悪かった。卿には卿の事情があるのだからな」
言って、ふと、トルスティは僅かに興味あり気な視線を向ける。
「……そういえば、行方知れずだった娘が見付かったと聞いたが、真の話か?」
「はい。奇縁あって、再会が叶いました」
「そうか、それは喜ぶべき事だ。……なるほど。それで卿が大人しく僻地から屋敷へ戻り、陛下の召集にも従順に応じたわけだな。後継に繋がる者が戻ってきたのだから、早々に中央で縁を繋げる算段か」
トルスティが一人納得して頷くと、ディードは目を伏せる。
「……いえ、娘を我が領地へ迎え入れたのは遊学の為でございます。彼女には、既に離れ難い家族がありますので……」
ピクリ、とトルスティの指が動いた。
「育ての家族の元へ帰す……ということか?」
「はい。続けて、血縁の後継を持たぬ我が身は、いずれ領主の権限を親族に譲りたいと願い出ましてございます」
沈黙が落ちた。
何がトルスティの気に触ったのか、どこか冷えた空気が流れる。
「ならば、遊学の土産に、来月の避暑園遊会に娘を招待しよう」
ようやくトルスティの開いた口から出たのはそんな言葉で、ディードは怪訝そうに視線を上げた。
「いえ、そのようなお気遣いは……」
「良いではないか。本来ならばその身を置くはずだった、貴族交友の場だ。元の暮らしに戻る前に、一度くらい体験するのも楽しかろう」
「しかし、殿下」
「もう決めた」
ディードとトルスティの目が合った。
柔らかなはずの飴色は、固く冷めた色合いだった。
一貴族が、しかもその娘が、女王の側室の招待を拒むことなど出来ない。
ディードは、フラウレティアの存在を、王族に僅かでも興味を持たせてしまったかもしれないという事実に、歯痒さと後悔を覚えながら立礼した。
二人の会話で終わってしまった……
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