表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
90/146

知られざる生き残り

アンバーク領主館の中庭で、侍女のマテナは呆然と立っていた。

少し離れた所には、さっきまでお茶をしていたテーブルで、フラウレティアがお客と話している。


お客とは、薄灰色のイタチだ。

いや、人間の言葉ではないが、何やら会話しているのだから、イタチに見えてもイタチではない―――。




「魔獣使いって、本当だったのね……」


思わずポツリと零すと、近くに立っていた護衛のギルティンが、くっと笑った。

「そんな噂が?」

「え?……ええ、魔獣を連れて迷っていたところを偶然保護されたのが最初だと……。でも、そんなのはただの噂だと思ってましたけど」

マテナが言えば、ギルティンは軽く口端を上げて肩をすくめた。

「事実だ。お嬢……フラウレティアは、実際に魔獣を連れてた」


マテナは驚いて、ギルティンとフラウレティアの間で視線を漂わせた。


元魔獣使いの少女。

そんなお嬢様が存在するなんて、きっと貴族の世界では相当とんでもないことだろう。



「……そんなお嬢様、一体どこに縁付くんでしょうね? やっぱり辺境警備の領地のどこかなんでしょうか」

思わずそう漏らせば、ギルティンは呆れたような表情でマテナを見た。

「縁付くってなんだ? そんな話まで噂されてるのか?」

「ええ。ちょっと変わったお嬢様だから、中央では縁を繋ぎ難いだろうって話で……」


そもそも貴族の娘は、同等の身分の令息と縁を結ぶのがほとんどだ。

言わば貴族社会では当然のこと。


ディードが娘を連れて戻ると聞いた時点で、領主館に出入りする貴族達は、本当に愛娘が生きていたのだとしたら喜ばしいという思いと、()()()()であっても“娘”と認定するのならば、どこかと縁を繋ぐ手段として使うのだろうという貴族的な打算を巡らしていた。

そしてそれは、領主館で働くマテナ達の耳にも漏れ聞こえている。


「おいおいおい……」

ギルティンは、赤髪の頭をガシガシと強く掻く。

「ったく、()()お嬢様がどっかの坊っちゃんの嫁に収まるかよ。大体、ディード様が“遊学”だって言ってなかったか?」

「え? でも、それじゃあ……」


「フラウレティアはアンバーク領(こんなところ)に収まりゃあしないさ」

マテナに返事をしているようで、独り言でもあるように、ギルティンは呟く。


「どんな生き方をするのかねぇ……」



視線の先の薄灰色のイタチが、話を終えたのかスルリとテーブルから降りた。

手を振るフラウレティアを軽く振り返ると、出てきた生け垣の隙間にスルリと身を滑り込ませて姿を消したのだった。





生け垣を抜け、庭園の端から領主館の塀まで来たイタチ(ミラニッサ)は、一度立ち止まった。


フラウレティアの“縛り”が解けたとハルミアンから聞いて様子を見に来たが、使い魔の目を通して見た限り、それ程心配することはなさそうに思えた。

彼女の魔力は、人間の世界なら魔術士として十分通用する強さだ。

まだ若干不安定だが、それは突然表に魔力が出てきたせいだろう。

今後どう馴染むかは、時間をかけてみなければ分からないが、当面はアッシュが側で見守るはずだ。


そう考えてから、イタチは人目を盗んで塀を軽々と駆け上がる。

その勢いのまま敷地外に降り立つと、ミラニッサはイタチから意識を切り離した。



イタチは一瞬固まり、なぜこんな所にいるのかというように、二度三度瞬きを繰り返した。

そして、低木が並ぶ並木道の向こうへ走り出そうとする。


突如、イタチの上に黒い影が舞い降りた。


勢いよく降ろされた鋭い爪が、イタチの薄灰色の毛皮に突き立った。




ギキッと小さな叫びが聞こえたような気がして、領主館の門番は塀の外側を覗いた。

バサと羽ばたきの音がして、少し先で猛禽が勢いよく飛び立った。

その両足には、無慈悲な爪に生命を獲られたイタチらしきものが掴まれている。


運のないイタチだな、と門番はすぐに興味を失くした。

しかし猛禽は、門番が視線を外した後、イタチを掴んだまま領主館の上を大きく、ゆっくりと旋回する。

そしてしばらくして、猛禽は領主館から離れた巨木の上に止まった。



〘 やはり同胞達は生き残っていたな 〙



猛禽の鋭い嘴から、竜人語が呟かれる。

低く(しわが)れた声には、じわりと喜色が滲む。



猛禽は、肉食の獣の瞳で、南西の遥か先の空を眺める。

そして首を反転させると、領主館の中庭を見下ろした。


数人の男女が中庭を後にして、建物に向かって歩いていく。

その中に一人だけ、魔法によって人間に溶け込んでいる竜人の姿を認め、猛禽はカツカツと鋭い嘴を鳴らした。



不意に猛禽から()()()()()()()()

ミラニッサがイタチから抜け出た時のように、猛禽も一瞬固まって、丸い瞳を数度瞬く。


そして、我に返って足元に新鮮なイタチの肉があることに気付くと、その肉を引き裂いて食ったのであった。






光差し込むフルデルテ王宮の奥。

明かり取りの窓を厚いカーテンで締め切った薄闇の一室で、深くフードを被った一人の男が動いた。


ある日突然、フルデルテ王国に姿を現し、あれよあれよと言う間に女王の信頼を得た男。

王配の奇病の進行を食い止めた、魔術士ザムリだ。


ザムリは笛のようにヒュゥと音を立てて息を吸った。

使い魔と同調していた意識を残らず引き戻し、吸った息を吐く。

猛禽を使い魔にして、アンバーク領主館を見ていたのは、このザムリだった。



ザムリは息を吐き終わると、ゆっくりと閉じていた目を開いた。


その瞳は、血の色。


フードから覗く皮膚は、粉を吹いたようなくすんだ黒で、ひび割れたような鱗が並ぶ。

持ち上げて広げられた手の平は、固く大きな爪が第二関節から生えていて、彼はその乾いた爪を擦るように何度か鳴らし、思案した。



魔術士を名乗るこの男は、竜人族だった。

ドルゴールに逃げ延びた竜人達とは、別に生き残った者―――。


ハドシュ達は、魔竜出現の混乱時に、まさか別で生き残った竜人がいたとは思っていなかった。

しかしこうして、ただ一人残った竜人が存在していたのだった。



ザムリは先程、猛禽の目を通して見たものを頭の中で反芻する。


人間の中に溶け込んでいた、年若い竜人。

まるで、人間に付き従うかのようなあの姿。


ザムリはギチと牙を鳴らす。

竜人の世を覆されたあの日から、二百年以上経ち、ようやくこの目で見ることの出来た同胞の姿が()()とは、嘆かわしい。


しかし、見つけたことを先ずは喜ばなければならない。

再び竜人がこの世界に君臨するためには、世界の片隅(ドルゴール)で生き残っている竜人を、引っ張り出さなければならないのだから。




ザムリは、擦るようにしていた爪の動きをピタリと止める。


年若い竜人が付き従うようにしていたのは、小柄な人間の娘だった。

あの娘は、何者であろうか。

周りにいた人間と、特に大きな違いはない。

だが、なぜか気を引かれた。


ただの人間のようで、どこか異質に思える……。


〘 あの娘は、何者だ? 〙


嗄れた声は、光を遮った室内に毒を撒くようにじわりと溶けた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ