風変わりなお茶会
アンバーク領の領主館では、最近新しい習慣になった、午後のお茶会が中庭で行われていた。
領主館のお茶会と言っても、貴族の型にはまったお茶会ではない。
数人が同じテーブルに着き、お茶とお菓子を前に話をするだけ。
その“話”というのも、お茶会の主催者であるフラウレティアが投げかける質問に、思い思いに意見を述べるだけだ。
例え分からなかったり、答えの決められない質問だった場合は、その旨を伝えれば、お嬢様はそのまま受け容れてくれるのだ。
というよりも、お嬢様自身が、質問の答えを見つけられないことが多い。
しかも、このテーブルに招かれるのは、この領主館で働く使用人達が殆どだ。
時には貴族のマナーを教える講師や、領主の仕事を手伝う文官も招かれたが、大体は使用人と席を共にすることに難色を示した。
お嬢様にはそれが何故なのか理解し難かったようだが、常に護衛として付いているギルティンに、そういうものだと説明されて、仕方なく別々に機会を設けることにしていた。
使用人達は、最初こそ辞退したり、参加しても緊張でろくに口もきけなかったが、何せ型破りなお嬢様なのだ。
回を重ねると、いつの間にかこのお茶会は、和気あいあいとした、気さくな雰囲気のものになっていた。
「あ、お茶がなくなっちゃった」
フラウレティアが言って、ポットに手を伸ばそうとすると、ササッとマテナが持ち上げる。
「駄目です、お嬢様。それは私達の仕事ですから」
「……そうでした。仕事を取り上げちゃ駄目なのよね」
「そうです」
手を引っ込めて大人しく座り直したフラウレティアを見て、マテナは笑みを深めてポットに茶葉を入れ直す。
今日参加していた従僕や侍女も、すくりと笑った。
最初はマテナも、なんてわがままで破天荒なお嬢様かと思った。
侍女や使用人達、それどころか領主様の周りにいる貴族達にまで、驚くような振る舞いばかりを見せていたからだ。
専属侍女となったからには、お嬢様らしくあってもらわなければならないと気を揉んでいたマテナだったが、しかし、エナと話してからは少し意識を変えた。
落ち着いて観察すれば、フラウレティアの振る舞いは、平民のものとして見れば普通だった。
“お嬢様”として見るからおかしな評価になっていたのだ。
“お嬢様とは、こうでなければならない”という見方をしなければ、彼女はとても魅力的で優しい少女だった。
破天荒に見える振る舞いの殆どは、自分のことは自分でする、といった意識から出たもの。
マテナが、侍女としての仕事をさせてくれないと感じていたのは、ひとえに、フラウレティアが“自分のことは自分でする”を実行していた為だったのだ。
それを理解すれば、対話が出来るようになった。
『自分で出来ることを他人にやってもらうのは申し訳ない』とフラウレティアが主張すれば、マテナ達は、『領主館の方々のお世話をするのが使用人達の仕事で、これで報酬を得ているのだ』と説明することが出来た。
仕事を取り上げられては、使用人達は生きる為の糧を得ることが出来なくなる。
フラウレティアはそれを理解し、彼らの仕事を奪わず、興味深く観察するようになったのだった。
マテナがポットに湯を入れて、蓋をしようとした時、手が滑った。
左手から陶器の蓋が落ちた瞬間、しまった、と血の気が引く。
普段使いの茶器がそれほど高価なものではないとはいえ、平民からすれば安価でもない。
破損すれば報酬から差し引かれるのだから、そうそうあってはならないミスなのだ。
割れる、と思ったポットの蓋は、しかし石床に落ちる前に受け止められた。
マテナが目を瞬けば、蓋を受け止めた男は、黙って机の上に蓋を置く。
しん、となった場に、コトリと小さな音が響いた。
「……あ、ありがとうございました」
固まっていたマテナが、なんとか感謝を口にした時、既に男はこちらに背を向けて、定位置になっている場所に向かっていた。
フラウレティアより五歩ほど離れた、斜め後ろ。
そこに黙って立つ。
目立ったところは何もない、ボサッとした雰囲気の壮年の男だ。
名前は確かエニッサ。
どこにでもいそうな村男、という感じで、邪魔でない程度に短く切られた焦げ茶色の髪に、従僕のお仕着せを身に着けている。
お嬢様専用の付き人ということで、フラウレティアが何かを命じなければ、ずっとああして近くにいるだけだ。
今のように喋りもしないし、特に何かするわけでもないので、いるのかいないのか分からなくなる時があるくらいだった。
彼は一体何者で、お嬢様にとってどんな存在なのかと、使用人達はこぞって噂しているが、かと言って未だに深く追求する者はいない。
興味を持っても、なんとなくどうでもいいような気になってしまうのが不思議だ。
ただ、彼がそばにいることを、時々確認するように視線を向けるフラウレティアを見る限り、彼女にとっては大事な人間であるようだった。
護衛に付いているギルティンという男も親し気だが、それともまた違うように思えた。
今日の和やかなお茶会も終わり、専属侍女のマテナ以外の使用人は、片付けに散った。
屋内へ戻ろうとフラウレティアが立ち上がった時、突然ギルティンが動いた。
垣根の下から這い出してきた何かに向かって、左足を素早く下ろす。
砦で負傷した彼の足は、領主館に入る前に、神聖魔法で完治していた。
フラウレティアがギルティンの方を向くと同時に、アッシュが警戒して前に立った。
〘 おやおや、息子よりもこっちの坊やの方が勘がいいじゃないか 〙
ギルティンが踏み降ろした足の下には、薄灰色のイタチの長い尻尾があった。
イタチは小ぶりな顔を上げて、ギルティンを見ると目を細める。
いや、喋ったのだから、イタチのように見えてイタチではないのかもしれない。
「魔獣か?」
剣の柄を握り、ギルティンが気を緩めないままに呟いたと同時に、フラウレティアが声を上げた。
「ミラニッサ!」




