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アンバーク領のお嬢様 2

領主館の執務室は、二階の奥にあった。


休憩を終えて戻ったエナを迎えたのは、アンバーク領主代行として、ディードの代わりにこの部屋を使っているローナスだ。

赤みの強い茶色の髪を後ろで束ね、神経質そうな顔付きの男で、見るからに剣士という風のディードとは対照的だった。



「エナ、あのお嬢様は、一体どういう娘なのだろうね」

本日二度目のその問い掛けに、エナは思わず苦笑いを浮かべてしまった。

いや、本日は二度目であるが、この館にフラウレティアが連れて来られてから、どれだけの回数その質問を投げ掛けられたか分からない。

エナがアンバーク砦でディードに付いていたのを知っている者は、彼を見かける度に似たような問い掛けをする。


それほどに、“貴族のお嬢様”と呼ばれるには、フラウレティアはそぐわないのかもしれない。


「どういう……、と仰いましても、ディード様が説明された通りとしか分かりません」

エナもまた、問いかけられる度に似たような答えを返すしかないのだから、それは苦笑いにもなろうというものだった。




側にいた文官に休憩すると告げて、ローナスは立ち上がって伸びをした。

彼はディードの従兄弟で、歳は一つ上だ。

幼い頃から交流もあったので、自然と砕けた調子になる。



エナは壁際のワゴンへ近付き、厨房から持ってきた湯でお茶を入れ始める。


「……正直、亡くなったと思われていたアンナ嬢が生きていたと知らせを聞いた時は、とうとうディードも、領主の座に収まる覚悟を決めて戻るのだと思ったんだよ」

ローナスは、自分の髪色に良く似た、赤茶色のソファーに深く腰を下ろした。


「彼女が()()()()()()()()()()、後継のことも考えているのだ、とね」

娘とする者を連れて帰り、婚姻を結んで後継の憂いを無くす。

そういう考えだと思ったのだ。

「それがどうだい。『彼女は遊学の為に連れて来ただけだ。領主位はローナスの家門に譲る許可を貰って来る』だって?」

ローナスは大袈裟に両手を上げて首を振った。



ディードは戻るなり、女王の召喚を受けて、王宮へ向かうことになっていた。

アンバーク砦の外で起こった、魔獣騒動についての説明を求められているためだ。

しかしディードは、王宮に行った際に、ついでに領主位の譲渡も願い出る旨をローナスに伝えて彼を驚かせた。


「『ついで』って何だよ、『ついで』って……」

どんなに傷付いて離れても、責任感の強いディードのことだ。

今までだって完全に領主の地位を手放さなかったのだから、いずれは戻って来て、アンバーク領主として生きるだろうと思っていたのに。




脱力したローナスの側に、エナはワゴンを運ぶ。

「エナよ、それでだ。あの娘は何だい?……ああ、通り一遍の答えは要らないよ」

同じ答えを返そうとしたエナを、ローナスは手を上げて制した。

「お前から見た印象を聞いているんだ。ゴルタナのドワーフの村で育った娘。そんなことはいい。ただ、それがなぜディードの心を動かした?」


上目に見られて、エナは僅かに顔をしかめた。

そんなこと、自分だって知りたいくらいだ。


悲しみに冷たく固まったようなディード(主人)の心を、何とか解す手はないかとずっと考えてきた。

自分はそれを成せなかったが、フラウレティアはあっさりときっかけを作った。


「…………血の繋がりでは?」

言ってみて、自分でも嘘だと思った。

ディードは、フラウレティアをアンナだと言ったが、本当にそうとは思えない。


ローナスもまた、エナの言葉に納得のいかない顔をして見上げたままだ。



「……生きる意志かもしれません」

エナはポツリと零す。


フラウレティアの、強い瞳。

特殊な生い立ちを持ちながら、これから先の未来を、希望を持って模索しようとする、生命の輝き。


知りたい。

諦めない。


―――どう行きていくべきなのか、考えたい。


「上手く言えませんが……フラウレティアの生命力に、引っ張られたのかも……」

エナは唇を歪めた。


彼女を認めたくない気持ちが、何処かにある。

彼女は眩しい。

そんな、見ていて腹が立つほどに真っ直ぐな眩しさが、周りの心を引くのかもしれない。



エナはミルクを入れた熱い茶を置く。

「フラウレティア、ねぇ……」

「あっ……も、申し訳ありません」

ローナスの声に思わず名前を呼んでしまったことに気付き、エナは顔を赤くして、急いで頭を下げたのだった。






「礼儀作法が大事だってことは分かるけど、どうして同じ人間に身分差があるの?」

ちょこんと椅子に座って、ドレス姿のフラウレティアが聞いた。


「…………さあ……」

お茶の時間になって、ワゴンの側で準備をするマテナは、突然投げ掛けられた問いに困惑する。



またこのお嬢様は、不思議なことを聞く。

どうして身分差があるのか、なんて今まで考えたこともない。

この世界には当たり前に国があって、王様がいて、貴族がいる。

その下が平民で、その中でも自分は親をなくして、確たる後ろ盾のない元孤児だ。


「みんな一緒でいいと思わない?」

意見を求める大きな瞳に、マテナは僅かに眉を下げる。

何も言わずに流してしまうのは悪いと思えるような、純粋な問いだ。


「……そうですね……、でも、地位があって大きく事を動かせる人がいないと、何かあった時に困るのかも……」

「何かあった時って?」

マテナはカップにお茶を注ぐ。

「私は昔事故で両親をなくしましたが……、ディード様をはじめ、たくさんの人が助けてくれました。孤児院に入れたのも、その後勉強出来たのも、この領の仕組みをちゃんと作ってくれていた人がいたからで……」

上手く説明できなくて、マテナの言葉が止まる。



フラウレティアは、さっと立ち上がって、ワゴンに伏せてあったカップをもう一つ出した。

そして、フラウレティアが座っている隣の椅子を引く。


「マテナ、ここに座ってもっといっぱい話して!」

マテナの分もお茶を入れるよう促しているのだと気付いて、マテナは恐縮する。

「い、いけません、お嬢様!」

「どうして?」

「それこそ、身分差ですよ。私は一緒にお茶をするような身分ではありませんから」


フラウレティアは首を傾げた。

「私が“お嬢様”だから身分が上ってこと?」

「ええ、そうです」

納得してくれたかと、マテナがほっと息を吐くと、フラウレティアはぱんと両手を合わせた。


「じゃあ、私が命じていいってことでしょ? マテナ、一緒にお茶してね!」

「え、ええ~!?」



離れた所に立っていたギルティンは噴き、影のように控えていたアッシュは苦笑した。






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