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アンバーク領のお嬢様 1

フルデルデ王国の西、アンバーク領の新領主館は、領主館と言うには小規模の造りだった。

それもそのはずで、以前は領主館は領街からはずれた郊外にあり、ここはディードの私邸だったからだ。


その旧領主館は、レンベーレがフラウレティアに語った事件で、今も巨大な魔穴の中だ。

十数年経って、魔穴が生み出された頃よりは規模が小さくなっていると言うが、未だに屋敷の敷地内に人は入れない状態だという。


砦から馬車で移動する際、フラウレティアは、ザクバラ国との国境がある北側の空に、僅かに胸を騒がせるような気配を感じた。

レンベーレに聞いたところでは、それが魔穴の方角だったのではないかということだった。



ともあれ、フラウレティアはディードと無事に領主館に辿り着き、ディードの娘だと館の人々に紹介されたのだった―――。






「エナ! ねえ、お嬢様って、一体どんな方なの!?」

遅い昼食にありついていた従僕のエナに、侍女のマテナが机の向かい側から声を掛けた。


ここは厨房の隣の一室で、使用人達が食事をする所だ。

昼時も随分過ぎて、使用人達の食事もとっくに終わっていたので、エナは一人で食べていた。


「……どんなって、お前が側についてるんだから、一番分かってるだろ」

エナはあからさまに面倒臭そうに答えた。

細い目は食事の方を向いたままだ。

「分からないから聞いてるんじゃないの!」

マテナは首を振った。



小柄で快活そうな顔のマテナは、フラウレティアがこの屋敷に入ってから侍女として世話をしている者で、エナより2つ年上の19歳。

彼女もまた、エナと同じように両親が前領主館で働いていて、事故に巻き込まれて亡くなっている。

寄る辺ない孤児の立場から拾い上げてくれたディードに恩を感じている為、彼の生き別れていた娘が見つかって、更にその娘に侍女として付くことになって、とても嬉しく光栄に思っていた。


しかし、実際付いてみれば、侍女としての働きは、色々とおかしなことになっている。


ゴルタナ国のドワーフの村で育ったというディードの娘は、今までマテナが侍女になるべく学んで来たことを、ほとんどまともにさせてくれないのだ。


朝は起こしに行く前に起きてカーテンを開け、顔を洗うための水を自分で汲みに行こうとする。

着替えは自分で用意しようとするし、食事は自室でと言うので用意すれば、付き人や護衛兵と一緒に食べたいと言って困らせる。

庭園の散策をすればスカートを翻して走り、隠れてマテナを驚かせた。


「もう……ハチャメチャよ。さっきは外で昼食を摂るというから用意したら、『一緒に食べましょ』って、私の口に入れるのよ?」

はぁ、と溜め息をついたマテナをチラと見上げ、エナは尋ねる。

「美味かったか?」

「美味しかった!……って、そういうことじゃないのよ!」

くくっと笑ったエナに、マテナはぶんぶんと首を振る。

「それで、今は?」

「マナー講義中よ。その間、私は休憩」

マテナは深く息を吐きながら、エナと向かい合った席に座った。



「……ちょっと変わっているとディード様から聞いていたけど、ちょっとじゃないわよ。せっかく専属侍女を任されたのに、“お嬢様らしく”して頂くにはどうすればいいか……」

マテナが困ったように言ったので、食事を終えたエナは立ち上がって、彼女を見下ろした。

「なあ、ディード様は何て仰った?」

「え?」

マテナは目を瞬いて、専属侍女に付くよう命じられた時の言葉を思い出す。



『少し変わったところはあるが、素直でとても優しい娘だ。彼女が屋敷(ここ)の雰囲気に馴染めるように助けてやってくれ。仲良くしてくれると嬉しく思う』



「別に、“お嬢様らしく”なんて、ディード様は求めておられない。大体、そんなつもりなら、孤児上がりの平民を専属侍女として付けたりしないさ」

マテナは驚いたように目を見張る。

てっきり、貴族のお嬢様としての振る舞いが出来るよう、普段の生活を見ておけと頼まれたように思っていたが、確かに頼まれたのはここに馴染めるようにということだけだ。


「お前なら、フラウレ……お嬢様と親しくなれると思われたんだろ」

「……そう、なのかな」

鼻息の荒さが収まったマテナから視線を外し、エナは厨房へ食器を返しに行く。


「大体、あいつがお嬢様って、ガラじゃないだろ」

ボソと言ったエナの言葉は、マテナには聞こえなかった。





エナは、領主の執務室へ向かう。


今、ディードはフルデルデ女王の召集令に従い、王都の王宮にいる。

ディードに付いて行ったのは別の従僕で、エナは領主館で、領主代行を務めているローナスに付くよう命じられていた。


王宮にいるのは、ほとんどが貴族だ。

その振る舞いをよく知り、彼等に対する応対が出来る者を連れて行ったのだ。

エナは、砦やこの館では役に立っても、貴族相手ではまだ力不足なのだ。


まだまだ学びが足りていない。

もっと励まなければ。



そう考えたエナの耳に、明るい笑い声が聞こえた。

目線を向ければ、広間の開け放った窓から、華やかな色のドレスを着た女性が二人見える。

一人はフラウレティアで、もう一人は上流階級の女性の所作を教える講師だ。


フラウレティアは、フルデルデ王国の貴族女性がよく着る、首周りが大きく開いて、胴をキツく絞らない若草色のドレスを着ていた。

肩から腰に、鮮やかな柑子色の薄布を斜めに掛けている。

腰紐から幾重にも垂れた薄布は、彼女の動きに合わせてひらひらと舞うように揺れる。

砦では無造作に一つに括られていた髪は、上品に緩く編み上げられていた。



フラウレティアが優雅にお辞儀をして、講師がよく出来たというように手を叩く。

ぱっと大きく口を開けて嬉しそうに笑ったフラウレティアは、講師から注意されたのか、急いで口を閉じた。


「……やっぱり、お嬢様ってガラじゃないだろ」

可笑しそうに笑ったエナは、広間の渡廊側の出入り口に立っていたギルティンが、こちらを見ていることに気付いた。


目が合うと、ギルティンは何か言いた気にニヤリと笑う。




エナはバツが悪そうに目を逸らして、執務室に向かった。





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