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フルデルデ王国の陰

フルデルデ王国の王都は、王宮を中心に広がる。

王宮も街並みも、はっきりとした色の屋根が特徴の建物ばかりで、上空から見れば特に明るく賑やかな印象だ。


昔から酪農が主要産業であったフルデルデ王国には、際立って険しい土地は少なく、なだらかに広がる牧草地が多い。

しかし、魔竜出現以降の気候変化に伴い、隣国との国境を跨いで広がる砂漠が急拡大し、主要産業の要となる牧草地を侵食し続けていた。




採光を考えて造られた王宮の廊下で、貴族院の数名が重い溜め息をついた。

彼らは今、女王に謁見し終わったところだ。


「あれ程奇っ怪な事件が起きたというのに、陛下はまだ、魔の森に向けて兵を出すおつもりなのだろうか」

「王配殿下の病を治す術が見つからないのだ。伝説の竜人の血に縋りたい気持ちも、分からないでもないが」

「しかも、生きて竜人を連れて来れば、砂漠を緑地に変える事も可能だと言われればな……」



「しかし、本当に竜人は魔の森の奥で生きているのか……?」

彼らは一様に苦い表情で、後ろを振り向く。

謁見の間の扉は、既に固く閉められている。



以前はこうではなかった。


様々な困難はあれど、フルデルデ王国は常に明るく前向きな気質を失わなかった。

現女王もそういう指導者であり、彼女を支える者達は、大なり小なり彼女の気質に惹かれていた。


それが変化したのは、女王の配偶者である王配が原因不明の病に倒れてからだ。

女王は、王配の病を公にはしないまま、その病を治す手段を必死に求め続けているが、確実な手段は見つかっていない。


王配は、老いていくのだ。

生きているものは、常に老いていくもの。

しかし、彼の老いは普通の速さではない。

長命のエルフが、その身体の老いを感じさせないのと反対に、超短命であるかのように老いていく。

まるで、生命をじわりじわりと吸い出されているかのようだった。


神聖魔法に頼ってはみたものの、老いに関しては効力はなかった。

ならば聖人聖女の“神降ろし(神の奇跡)”に縋ろうとしたが、オルセールス神聖王国からは、世界に二人だけの聖人の高齢と北方への巡教を理由に、要請を断られた。

そもそも神聖王国は、聖人聖女の御業の失敗例を作りたくないのだ。

この原因不明の病を打ち消すことが出来るかどうか分からないのに、下手に手を出すつもりがないのだろう。


過去『神の国』と謳われたオルセールス神聖王国も、今やその威光は随分と(いびつ)で偏ったものになっているのだった。



そんな状況で、女王に唯一希望を与えたのが、世界を旅して失われた魔法技術を発掘しているという、一人の魔術士だった―――。







アンバーク砦から真っ直ぐに伸びる道は、領街と呼ばれるアンバーク領の中心街に向かっている。


砦を出て暫くは林の中を行くが、それを抜ければ、視界いっぱいに農耕地が広がる。

天に向かって真っ直ぐに伸びた麦穂(ばくすい)は、まだ緑が残り、収穫には早い。

遠くには果樹園らしきものも広がっていて、一帯は穏やかな風が吹いていた。




「見て、アッシュ! ずっと向こうまで続いてるよ」

馬車の窓から外を眺め、フラウレティアは興奮気味に言った。


「フラウレティア。“アッシュ”じゃないでしょう?」

向かい側に座ったレンベーレが笑うと、フラウレティアはハッとして言い直す。

「あ、そうでした……。“エニッサ”、見て!」

言って、隣に座ったアッシュの袖を引く。


砦にいた少女が翼竜を連れていたことは、既に領街でも噂されている。

その翼竜の名が“アッシュ”だと知られているのかまでは分からないが、隠匿の魔法を使って側にいる限り、同じ名前は使わない方が良いだろうということで、アッシュの弟の名前を使わせてもらうことにしたのだ。



アッシュもまた、フラウレティアと同じように外を見ながら、その光景に心奪われていた。

ドルゴールにも、狭いながらも農耕地はある。しかし、あの枯れたような地は、開墾して竜人の魔法の力を以てしても、多くの作物を収穫するまでには至らない。


間近で、これ程に豊かな実りの大地を見るのは初めてだった。


「すごいね!」

フラウレティアがアッシュを振り返って言った。

頬を上気させて、満面の笑みを見せる。

「……ああ、本当だな」

アッシュは笑みを返す。


胸が苦しいような気持ちになるのは、きっとこの初めてみた光景のせいだと思った。




「そういえば、ディード様のお屋敷に着いたら、私はどんなお仕事をさせて貰えることになったんですか?」

続く農耕地の中に、農村の建物が所々に見え始め、更に領街の外壁が進む先に姿を表した頃、フラウレティアはふと思い出してレンベーレの方を向いた。

領街に落ち着いたら、何か仕事を用意してくれると約束していたはずだ。


「ん? ああ、お仕事ね。実は、侍女見習いに入ってもらおうと思ってたのよ」

レンベーレが長く整えられた爪で頬を掻く。

「侍女、ですか?」

「そう。主人に付いて、身の回りの世話をする女性ね。砦にはいないけど……、ああ、エナがそれに近いわね」


フラウレティアは従僕のエナを想像する。

自分もあんな風に、誰かの仕事を支えるために雑務をこなすのだと思うと、嬉しくなった。

やれることを探して動くのは好きだ。


「でも、ほら。状況が変わっちゃったじゃない?」

「状況?」

キョトンとするフラウレティアに、分かってないな、という目で見てレンベーレは苦笑する。

「フラウレティアは、ディード様の娘になったの。領主様の一人娘よ。侍女見習いどころか、侍女を(はべ)らせる側になったわけだわ」


言葉の意味がそろりと頭に浸透していくように、フラウレティアの目はゆっくりとまん丸になった。

アッシュはフラウレティアとレンベーレを(せわ)しなく見比べる。



「まあ、当面は貴族としてのお勉強ですねぇ、お嬢様」

「えええぇーっ!?」


のどかな田園風景に、フラウレティアの叫びが響いた。





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