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せめてこれだけは

「フラウ、マーサが心配なのはわかるけど、簡単に共鳴するな!」

部屋に戻るなり、アッシュは人形(ひとがた)に変態して言った。


マーサの部屋で、突然フラウレティアが共鳴に入りそうになったので、慌てて引き倒して止めたのだ。

ギルティンの言うことを聞くのは(しゃく)だが、共鳴する度に自分達の事情をばらまくのはご免だ。



「違う! 違うの。共鳴するつもりなんてなかった」

フラウレティアが小さく首を横に振る。

「……そうなのか?」

「うん。もちろん、マーサさんに元気を出して欲しいって思ったよ。でも、自分が思っているようにこの力を扱えていないのなら、簡単に出来ないよ……」


自分達のことを知られるということは、ドルゴールのことも知られるということだ。

ハドシュを始めとする大切な者達を、自分の勝手で危険に晒す訳にはいかない。


それなのに、さっきは自然に魔力が溢れ出ていた。

アッシュに止められるまで、それに気付いてもいなかった。

「ごめん……」

フラウレティアは、服の裾をギュッと握った。



「……意識していれば、魔力制御は出来るのか?」

「…………出来る……のかな……。出来ると思っていたけど、実際は出来ていなかったわけだから……」

ギルティンの例から考えれば、意識して操作しても、制御出来ていないということなのだろう。


制御出来ていない事実を目の当たりにして、フラウレティアは突然怖くなった。

そもそも、どうして急に魔力が使えるようになったのかも分からないのだ。

今になって、様々な疑問や不安が湧いてきた。




不意に、アッシュの大きな手が頭に乗せられた。

「そんな顔するな」

固い爪の先が当たらないように、手の平でやさしく撫でられる。


「……慣れたら出来るようになるのかな。アッシュが魔法を習得するみたいに、練習とかする方がいいの?」

不安気に見上げたフラウレティアの身体を、アッシュはスイと右肩に担ぎ上げる。

「わっ! 何!?」

「正直俺にも分からない。まあ、その内師匠がひょっこり様子を見に来るだろ。その時聞いてみればいい」


アッシュはそのまま、ベットまで軽々と彼女を運ぶと、ゆっくりと身体を降ろす。

「もう考えるのはやめろ。明日から環境が変わるんだ。今夜はちゃんと休め」

寝かそうとするアッシュの腕を掴んで、フラウレティアは首を振る。

「でも……」

「『でも』じゃない。……魔力が急に表に出てきただけでも、身体に負担がかかってるはずだ」

フラウレティアの顔色は、いつもより白い。


実際、フラウレティア自身も疲れを感じていたのか、それに関して反論はしなかった。

一度溜め息をついてから、アッシュの腕から手を離して、肩布を帯から抜く。

大人しく眠ることにしたのだろう。




肩布を畳んで、腰掛け鞄を外そうとしたフラウレティアは、ふと手を止める。


「ねえ、アッシュ。これだけでもマーサさんに返してあげられないかな」

フラウレティアが腰掛け鞄から取り出したのは、アーブの花を型どった、木彫りのお守りだ。

マーサの息子が、おそらく生命が失われる最後に握り締めたもの。

そして、彼の無事を願ったであろう、マーサの想いが込められたものだ。


アッシュは僅かに眉を寄せた。

「返せば、どこで見つけたのかって話になるだろう……」


フルデルデ王国の騎士の一団が、全滅する程の魔の森の奥地。

いくら翼竜を連れているとはいえ、そこにフラウレティアが一人で入って平気だったというのは不自然だ。

それに、今更なぜそのお守りがマーサの息子の物だと分かったのか、という疑問が湧くだろう。


「分かってる。だから、こっそり返せないかな」

「こっそり?」

「うん。黙って置いておけば、誰が拾ってきたかなんて分からないだろうし……」

フラウレティアは、手の平の上のお守りを見つめる。

これが手元に戻ることで、少しでもマーサの心が慰められないかと思ったのだ。



手の平の上のお守りを、尖った大きな爪がチョイと持ち上げた。

「俺が届けておいてやる」


フラウレティアが目を丸くして見上げた。

「マーサの手に戻ればいいんだろ。隠匿の魔法を使って置いてきてやるよ」

「いいの!?」

「ああ。実地練習だと思えば丁度いい」

パッとフラウレティアの顔が輝く。

「ありがとう、アッシュ!」

「ああ。だから、大人しく寝てろ」

アッシュは飛びつきそうな勢いのフラウレティアを、ベットに押し戻す。


「アッシュが戻るまで起きてるよ!」

「駄目だ、寝てろ。……顔色が良くないんだって」

頼むから、とアッシュはフラウレティアをベットにそっと倒す。

「いい子で寝ないなら、持って行ってやらないぞ」

そう言われては、フラウレティアに抵抗は出来ない。

彼女に隠匿の魔法は使えないのだから。


「もう、子供扱いして……」

フラウレティアは一瞬不満気に唇を尖らせたが、アッシュを見つめて小さく頷いた。

「……分かった。お願い」

「ああ。おやすみ」



「アッシュ」

立ち上がったアッシュは、呼ばれて振り返る。

「……すぐに戻って来るよね?」

「あ、当たり前だろ」

不安を滲ませてベットから見上げたフラウレティアを、アッシュは一瞬ドキリとしながら優しく撫でてやった。


そしてその時に、彼女に簡単な魔法をかけた。

眠りを深く穏やかにする、初歩的な魔法だ。


アッシュは、フラウレティアの瞳がトロリと閉じられるのを確認すると、隠匿の魔法をかけて部屋から出た。





アッシュは、この砦に来て初めて人形(ひとがた)で堂々と歩いた。

すれ違う者も何人かいたが、こちらを気にすることなく通り過ぎる。


隠匿の魔法を使いこなせていることに安堵して、アッシュは足早に厨房へと向かった。

マーサが起きているのか寝ているのか分からないので、彼女の部屋に行くのはやめた。


厨房には誰もいなかった。

まだ茹でた肉の匂いが残っていて、思わず鼻をスンと鳴らしてしまったが、周りを確認してからそっと中に入る。

マーサが普段陣取っている辺りに行き、火のついていない炉の側に、アーブの花を型どったお守りを置いた。





無事に役目を果たし、アッシュはフラウレティアが眠る部屋へ戻ろうとして、階段を二階まで上がると立ち止まる。


きっと今頃、フラウレティアは魔法の効果で深く眠っているはずだ。

彼女が眠る部屋の方をチラリと見てから、アッシュは更に上の階を目指して、階段を登った。





アッシュは四階の一室の前で立ち止まる。

僅かに逡巡したが、そっと静かに扉を押した。

鍵は掛かっていなかった。


「来るんじゃないかと思ってたわ」


簡素な青いワンピースを着たレンベーレが、足を組んで窓際に座っていた。






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