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気に入らない護衛

アッシュの瞳に強い警戒の色が浮かぶ。


「そんな目で見るな。別に正体を知ったからって、今更何もしねえ」

フラウレティアは狼狽えて、アッシュの背に手をやった。

それを見たギルティンは、僅かに困ったような表情を見せて、数歩下がった。



「嬢ちゃんが俺に“共鳴”とやらをしてくれた時、嬢ちゃんの感情やら記憶やらも流れ込んできたんだ」

声を落とし、ギルティンがゆっくりと話す内容に、フラウレティアは驚く。

「多くはなかったが、おそらく嬢ちゃんの心に強く残ってるものなんだろう。竜人族の姿や、(さと)の風景とか……まあ、他の気持ちとかな」

ギルティンはなぜか最後を早口に言った。


「まあ、とにかくだ。嬢ちゃん、アッシュの正体を隠しておくつもりだったんだろう? なのに俺に()()()ってことは、制御出来てないってことじゃないのか?」

フラウレティアが左肩を向けば、アッシュが僅かに唸って頭を縦に振った。


確かに、あの時フラウレティアは、ナリスの心に共鳴した部分だけをギルティンに流したつもりだった。

まさか自分の記憶や気持ちに共鳴されるなんて、思ってもみなかったことだ。


それは、ギルティンの言う通り、自分の魔力を思い通り制御出来ていないということに他ならない。




フラウレティアが黙ってしまったので、ギルティンは大きく溜め息をついた。

「……マーサを心配してるんだろうが、共鳴するのはやめておけ」

ギルティンは手を伸ばし、フラウレティアの銅色の髪をクシャリと撫でる。


アッシュ以外に、殆どそんなことをされたことがないフラウレティアは、ドキリとして思わず肩を竦めた。


「おっと!」

アッシュが伸び上がるようにして、口を開いたので、ギルティンはサッと手を引く。

今腕があった位置で、アッシュの牙がガチンと音を立てたので、ギルティンは大きく顔を顰めた。


「領内に行ったら俺が護衛に付くんだから、いちいち突っ掛かるな」

「ええっ?」

ギルティンの言葉に、思わずフラウレティアは目を見張って声を上げた。


「怪我が治り次第、正式にフラウレティア(お嬢様)の護衛に付くことに決まった。……まあ、そういうわけだから、よろしくな、お二人さん」

ギルティンが白い歯を見せて、ニカッと笑った。






「護衛って、どういうことだよ!」

ディードの執務室に入るなり、人形(ひとがた)に変態したアッシュが執務机に向かって詰め寄った。

「フラウは俺が守るんだ。余計な奴を付けるな!」


部屋にはディードと副官のアイゼル、レンベーレに加え、壁際に従僕のエナがいたのだが、アッシュは全く構わず続ける。

「アッシュってば!」

フラウレティアが駆け寄って、アッシュの腕を引く。

壁際を見れば、エナが細い目をいっぱいに見開いて、顔色悪く固まっている。


フラウレティアを娘と偽る話を聞いた時、別館屋上での顛末を、エナが見ていたことも聞いた。

フラウレティアは草原に飛び出して行った時点で、エナのことなどすっかり頭から消えていたので、見られていたと聞いた時には血の気が引いた。


アッシュとフラウレティアの正体を、エナが驚きと共に受け入れてくれている、とは説明されたが、実際目の前でアッシュが人形(ひとがた)を現せば、あの表情になるのも仕方ないだろう。

フラウレティアは何だか申し訳ない気がして、軽く顔を顰めた。



ギルティンに正体を知られてしまったことといい、こうなってみると、目の前のことに必死になりすぎて、自分はいつも周りが見えていない。

フラウレティアは改めてそれを感じ、口の中が苦くなるような気分になった。




ディードが整理していた書類を横にやって、アッシュを正面から見据えた。


「確かに君には力がある。フラウレティアを守るのは君の役目だ。……だが、人間の世界の常識を知らず、領街で彼女を()()()守れるか?」

アッシュの眉が僅かに動いた。


フラウレティアが領街に行けば、今とは違う環境で人間社会を学ぶことになる。

その時、何が問題で、何からフラウレティアを守るべきなのか、アッシュに判断できるだろうか。

害になると思うもの、全てを力尽くで排除すれば良いというものではない。


ハルミアンに積極的に人間のことを教わっていたフラウレティアでも、実際に人間の生活に触れれば、知らないことだらけだ。

彼女以上に人間の世界を知らないアッシュが、その判断を出来るはずがなかった。



「本来なら、侍女のような身の回りの世話が出来る女性を付けるべきかもしれないが、適任が今すぐには見つからない。だから、せめて事情を知っていて側に付ける者ということで、ギルティンを護衛にした」

ディードはアッシュから、フラウレティアの方へ視線を動かす。

「……勝手に決めてすまない。不快だったかな?」


彼の視線が何処か不安気で、フラウレティアは急いで首を振った。

「いいえ! ディード様が考えて下さったのなら、それでいいです」

「フラウ!」

腕をグイグイ引っ張るフラウレティアを振り返り、アッシュが不満を露わにする。

「だって、本当にアッシュと私だけじゃ、分からないことばかりじゃない」

「ぐ……」

アッシュは二の句を継げず、口を歪ませた。






夕食は、ディード達と共に摂った。

明日の昼過ぎには、ディードとレンベーレと共に、領街に向かって出発することになっている。

その確認を終えて、フラウレティアは部屋を出て医務室に向かう。


今夜中に、ちゃんと感謝を伝えたい人に会って、別れの挨拶をするつもりだった。


左肩で、ブフンとアッシュが鼻を鳴らした。

そのわざとらしい音に、フラウレティアは苦笑いしながら左を向いた。

「まだ拗ねてるの?」

再びブフンと鼻から音と息を吐き出し、アッシュは僅かに顔を逸らせた。

「もう……」

ギルティンを護衛に付けることが、どうにも気に入らないらしいアッシュに、フラウレティアは溜め息をついた。




アッシュは、フラウレティアを守るのは、自分以外にはないという気持ちに収まりが付かないでいる。


だが同時に、人間社会で自分が役に立てるとは思えないのも確かだ。

力技や魔法なら、間違いなくアッシュの方が上であるにも関わらず、だ。

だからこそ、余計にギルティンが忌々しく感じてしまう。


やっぱり最初に出会った時に、齧り付いて傷を負わせてやればよかったかもしれない。

向こうから剣を向けて来たのだから、正当防衛だ。

チャンスを逃した、とアッシュが物騒なことを考えた時だった。




医務室からバタバタと、エイムが走ってくるのが見えた。

一緒に走っているのは、厨房の料理人見習いだ。


「エイムさん、どうしたんですか!?」

近くまで走り寄って尋ねたフラウレティアに気付き、エイムは手招きするように手を振った。

「厨房で、何人かが火傷を負ったらしいんです。フラウレティアさんも手伝ってもらえますか」






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