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連れ帰った心

「これでも隊長を張ってるんだ。砦の兵士達の顔は全員分かる」

ギルティンは淡々と言葉を続ける。


「あの時、突然現れた兵士の顔を、俺は知らない。いや、正直言って、どんな顔だったかよく思い出せない。だけど、そいつが拳を突き出したら、不浄のモヤは散った」

掌の上の浄化石を、ギルティンはフラウレティアの側の布団の上に、そっと置く。

「この石を、握っていたんだろ?」



フラウレティアは僅かに体を強張らせる。


不浄の黒い霧の中で、フラウレティアは握っていた浄化石を落としていたらしい。

あの時は精霊と共鳴していて、もう自分でも何が何だか分からなくなっていた。

昨夜目覚めてからも、握っていた浄化石がどうなったかなど、全く頭から抜けていた。


「………私は……」

とにかくシラを切り通そうと、フラウレティアは口を開いだが、続きを口にする前にギルティンが首を振った。


「俺は頭が悪いから、細かいことは分からない。いや、今は分かろうとも思わない。嬢ちゃんがなぜあそこにいたのか、一緒にいたもう一人の兵士は何者なのか……そんなことはどうでもいい」

ギルティンは僅かに顔を顰めた。

「ギルティンさん、身体が辛いんじゃ……」

心配したフラウレティアがギルティンに向けて手を伸ばせば、彼は更に強く首を振ってその手を掴んだ。

アッシュが思わず顔を上げ、ウウと小さく唸った。


ギルティンはアッシュを一瞥したが、手を離さずフラウレティアの顔を覗き込んだ。


「……他のことはどうでもいい。ただ、俺はナリスの最期を知りたいんだ」

フラウレティアの手を掴んでいるギルティンの手が震える。

「もう会えないと覚悟して離れたんだ。でも、アイツはいつだって辛いことを辛いって言わない奴で……。俺は、あの時何が何でも離れちゃいけなかったんじゃないかって……」

ギルティンの目は、とても暗い。


黒い霧の中に長くいて、不浄の塵を身体中に浴びて吸い込んだ彼は、未だ平常の精神状態には戻れていないのだろう。

平常であれば抑えられたはずの感情が、今は彼を捉えて離さないのかもしれない。


「教えてくれ、頼む。……頼むよ……、ナリスの最期を見たんだろう?」

苦し気に言葉を絞り出し、ギルティンは懇願した。




フラウレティアは側に添うアッシュを見た。

目が合うと、アッシュは『何を考えるんだ?』というように目を僅かに細めた。

しかし、フラウレティアは困ったように少し笑む。

「ごめん、アッシュ。でも、私、ナリスさんに約束しちゃったんだ。『あなたの心を連れて帰る』って」

ギルティンが目を見開く。

「嬢ちゃん……」


「ナリスさんは、ギルティンさんの隣に帰りたいって言ってたんです」

フラウレティアの銅色の瞳に、深紅の輝きが滲む。


「だから、この心をあなたの元に返します」


フラウレティアの瞳が深紅に輝く瞬間、彼女からブワと見えない圧が湧き上がった。


その不思議な圧は、掴んだままの手から、ギルティンの身体に流れ込む。

ギルティンの視界は、光に飲み込まれた。






ギルティンは、光の海に立っていた。

何色なのか分からない。

ただ、眩しい程に明るい、光。

それなのに、何故か目を閉じることなく、辺りを見回すことが出来た。


さっきまで感じていた身体の痛みや、息苦しさは全く感じない。

何かに急かされるようだった心の乾きも今はなく、穏やかな心地だった。



 ギルティン



一番聞きたかった声で名を呼ばれた気がして、ギルティンは急いで辺りを見回す。

しかし、どこを見ても、同じ様な光の波が穏やかに寄せるだけで、他には何もなかった。


「ナリス!」

ギルティンは声を張り上げる。

寄せる波と共に、温かな気持ちが彼に流れ込む。



 あなたとずっと並んでいたかった


 隣に立てて嬉しい


 優しい言葉なんてなくても

 笑ってくれたら幸せだった



寄せる気持ちは、確かにナリスのもので、ギルティンは声を震わせて彼女の名を呼ぶ。

「ナリスッ!」



 ありがとう ありがとう

 一緒に生きてくれて


 これからもどうか……



出せる限りの声を張り上げ、伸ばせる限り手を伸ばし、ギルティンはナリスを呼んで波を掻き抱いた―――。 






目を何度か瞬いて、ギルティンは今自分がどこにいるのか理解した。


あの不思議な光の中へ飛ぶ前と同じ。

フラウレティアが座るベッドの横だ。

小さな椅子に座り、フラウレティアの手を掴んだままぼんやりと彼女の顔を見ている。


「い……ま、のは、何だ……」

思わず声が掠れる。

続いて、目から涙が溢れた。

自分では止めようがなく、次から次へと、込み上げるように涙が溢れる。

手の力が抜け、スルリとフラウレティアの手から離れた。


ギルティンは自分の感情をコントロールすることが出来なかった。

光の中で揺さぶられたまま、溢れ出る涙に、ただ低く嗚咽を漏らしてベッドに突っ伏す。

シーツをキツく握りしめ、体を震わせた。





どれ程そうしていただろうか。


ズズッと鼻をすすって、ギルティンをが身を起こした。

涙は止まっているが、短いまつ毛は濡れていて、頬には涙の跡が残る。

「……悪い、無様なところを見せちまったな」

言ってもう一度鼻をすする。

フラウレティアは動いておらず、ベッドに座ったまま、ずっとギルティンを見守っていた。

その気遣うような瞳の色は、元の銅色に戻っている。



「ナリスさんの心、受け取れましたか?」

フラウレティアは恐る恐る尋ねた。

草原で共鳴した多くの心から、ナリスの部分だけを彼に流したつもりだが、上手くいっただろうか。

そもそも、こんなことをして気味悪がられやしないか、今更に不安が込み上げる。


フラウレティアの心配をよそに、ギルティンは晴れやかに笑った。

まるで、憑き物が落ちたかのようだった。


「ああ、確かに受け取った。ありがとうな」

ギルティンはフラウレティアの頭をワシワシと撫でた。

フラウレティアの側に添ったままのアッシュは、不機嫌そうに視線を上げ、軽く唸った。


途端にギルティンと目が合った。


ギルティンは暫くアッシュを眺めていたが、一つ息を吐いて立ち上がる。

「無理を言って、すまなかったな。……嬢ちゃん達の()()は、黙っておくから安心しろよ」

そう言って笑い、片足を庇うようにして歩きながら、部屋を出て行った。




「……『事情』って、何のことかな……」

呟いたフラウレティアの膝を、薄い布団の上からアッシュの尻尾がパシリと叩いた、

「いたっ」

アッシュを見れば、勢い込んで尋ねられる。

〘 フラウ、さっきのあれ、何なんだ! 〙

「あれって?」

〘 ギルティン(アイツ)に魔力を流しただろ! 何であんなこと出来た? 〙


フラウレティアは軽く首を傾げた。

「分からない。なんとなく、出来そうだと思って……」

〘 はあ!? 〙







読んで下さってありがとうございます。


夏は更新頻度が低くなっていますが、続けてお楽しみ頂ければ幸いです。

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