砦の生活 挫いた足
「わあ、人間がたくさんいるわ」
フラウレティアは、四階建ての屋上から下を眺めていた。
砦内の敷地には広い演習場があり、今見下ろしているのはそこで訓練をしている兵士達だ。
人間の国にいるのだから、人間ばかりなのは当然のことだが、何しろ人間に接する事が初めてのフラウレティアには、ただ人間が集まっているだけが珍しい。
フラウレティアの左肩には、翼を畳んだアッシュが乗っていた。
華奢な少女の肩には収まらないのか、右足は軽く曲げてフラウレティアの首の後ろに添えたようにしてあった。
兵士達は基礎訓練中なのか、外周を走る者や、筋力トレーニングをしている者がいる。
数は少ないが、女性もいるようだ。
その動きを見ていると、鍛えられているという点での違いはあれど、フラウレティアの身体の動き方と同じようだ。
「私も同じ、人間なのね」
フラウレティアは軽く目を閉じ、アッシュの身体に頭を寄せた。
「やっぱり私は、アッシュ達とは違うんだね……」
アッシュはフラウレティアに優しく頭を擦り付けた。
「フラウレティアさん! こんなところにいたんですか」
呼ばれたフラウレティアが振り向くと、階下につながる階段を上がってきた青年が、息を切らしていた。
薄灰色の半袖の長衣を羽織って、肩までの焦げ茶色の髪を後ろでひとつにまとめている。
「どうしたんですか、薬師様」
薄灰色の長衣は薬師の証だ。
名前は確かエイム。
フラウレティアは、昨日ディードと話してから、挫いた足を彼に診てもらった。
髪色と同じ焦げ茶色の目が、真剣にフラウレティアを見つめる。
「どうしたんですかって、それはこちらの台詞ですよ。湿布を替えに部屋に行ったら、姿がないじゃありませんか」
動くのに必要だろうと、昨日診てもらった時に杖を貸し出されていたが、その杖もベットの脇に立て掛けてあるままで、フラウレティアとアッシュの姿がなかった。
下女に聞いたところ、少し外の空気を吸いたいと部屋を出たという。
あちこち探し回り、見張りに立っていた兵士が屋上に繋がる階段の所にいたので、ようやく見つけたらしい。
「どこかで動けなくなってるんじゃないかと、心配したんですよ」
大きく息を吐いて彼は言った。
心配したと言われ、フラウレティアは目を瞬いた。
少し姿が見えないだけで、そんな風に心配されたのは初めてではなかろうか。
「すみません。ちょっと外を見てみたかったんです。もう足に痛みはないので大丈夫です」
「昨日腫れていたんですから、まだ無理してはいけません。一度部屋に戻って湿布を貼り替えましょう」
エイムは真剣な顔で言うが、アッシュが不機嫌そうに喉を鳴らすと、やや顔を引きつらせて後退った。
「アッシュ、やめて」
フラウレティアはアッシュを軽く睨んだ。
アッシュはフスンと鼻を鳴らす。
「分りました。戻ります」
フラウレティアは階段の方へ歩き始める。
肩を貸そうとしたエイムだが、アッシュに一瞥されて躊躇した。
そして、フラウレティアを見て眉を寄せる。
彼女の足取りは淀みない。
「フラウレティアさん、本当に痛みがないのですか?」
「はい、もう大丈夫です」
昨日足首を診た時には、だいぶ腫れて熱をもっていたはずだ。
手当したといっても、一日で痛みが引くはずがない。
考えるエイムをよそに、フラウレティアはアッシュを乗せたまま軽い足取りで階段を降りていった。
「治ってる……?」
部屋に戻り、フラウレティアの足首の湿布を剥がしてエイムは驚いた。
すっかり腫れは引いていて熱もないし、触診しても痛みがある様子はない。
二、三日は歩くのに苦労するだろうと思っていたのに、これはどういうことだろう。
昨日の診察記録を見ても、間違った見立てであるようには思えない。
エイムは顔を上げてフラウレティアを見た。
「あなたは魔獣使いだと聞いていましたが、もしかして、神聖魔法も使えるのですか?」
神聖魔法は、兄妹神である太陽神と月光神に祈りを捧げて発現する魔法だ。
神官や司祭が使い、治癒効果に特化したものが多いという。
「いいえ、使えません。どうしてそんなことを?」
「予想以上に治りが早いので、もしかしてと思ったんですが……」
「薬師様の手当のおかげだと思います。もうすっかり痛くありません。ありがとうございます」
屈託なくそう言い、フラウレティアはニコリと笑う。
本気で言っている様子だ。
「え? あ、はい。良かったです……けど」
何だかわけが分からなくて、エイムの返事は歯切れの悪いものになった。
アッシュは側に座ったまま、そんな二人の様子をじっと見つめていた。
部屋の入り口のドアをノックして、下女が顔を覗かせた。
「エイムさん、グレーン薬師様が呼んでいますよ」
グレーン薬師はエイムの師匠で、この砦の医務室を取り仕切る老年の薬師だ。
エイムは下女に返事をしてから、フラウレティアに向き直った。
「良かったら、フラウレティアさんも一緒に医務室に行きませんか? グレーン薬師に足をよく診てもらいましょう。私の師匠なんです」
どうにも納得がいかないエイムは、フラウレティアを師匠に診てもらうことにしたようだ。
足の具合いはもう薬師に見せるまでもないと思うのだが、砦内の他の場所も見てみたくて、フラウレティアはエイムに従うことにした。




