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眠りの中で

ディードは私室の扉の鍵を開け、中に入ると再び鍵を閉める。

普段は鍵など掛けていなかったが、フラウレティアとアッシュが留まっている今は、特別だ。

間違えても、誰かが入って来て、様子を知られるようなことになってはいけない。




個人の部屋にしては広めの一室には、奥の一角に大きな衝立が立ててあって、その向こうにベッドがあった。


そこには今、フラウレティアが眠っている。

側には人形(ひとがた)のアッシュが椅子に座って、眠るフラウレティアの右手を握り、頭を優しく撫でていた。


サイドテーブルには、水の減った水差しと、手の付けられていないパンとスープが置かれてあった。

アッシュは眠るフラウレティアを連れて戻ってから、ずっと側で手を握り締めていた。

必要最低限しか彼女の側を離れていない。

食事すら、まともに摂ろうとはしなかった。


「アッシュ、君も少しは休んだらどうだ。せめて食事する間だけでも……」

「構うな。竜人族は数日食べなくても全く問題ない」

ディードが気遣うように言うが、アッシュは全く意に介する様子はない。

固い声で答えて、ただ、フラウレティアの側に座り、彼女の手を握り続けている。





あの日、アッシュが魔獣の首を切った時、不浄から解き放たれた精霊は魔穴を発生させた。

そこから大量の骸を吐き出すと同時に、フラウレティアとアッシュは、その魔穴に巻き込まれ、飛ばされる。


以前と同じように、フラウレティアを庇って抱きしめたまま、魔穴の圧迫感に耐え、アッシュは随分離れた場所に落とされた。

しかしその時には、フラウレティアは気を失うようにして眠りについていた。

人間達は、突然の事態に騒然としている。

人間達が大騒ぎしている内に、気を失ってしまったフラウを抱えて、アッシュは誰にも気付かれずに砦へ戻ったのだった。





ディードはアッシュの側に立ち、フラウレティアを見下ろす。

特に苦しそうでもなく、彼女は静かに眠っている。

時折瞼がピクリと動くのは、何か夢でも見ているからなのだろうか。


目を覚まさないフラウレティアを心配して、ディードは、エルフのハルミアンに助けを求めてはどうかとアッシュに提案した。

しかし、使い魔を持たないアッシュが、ドルゴールにいるハルミアンに助けを求めるには、自らが飛んで帰らなければならない。


アッシュは随分迷ったようだったが、それを諦めた。

『今、フラウレティアの側を離れてはいけない気がする』

アッシュは固い声でそう言って、それからずっとこの場でこうしているのだった。




ディードには魔術素質はない。

だというのに、ここにこうしていると、時折何か強い圧を持ったものが側を通るような、僅かに息苦しくなる瞬間があって、フラウレティアの周りで、何か特別なことが起こっているような気がしていた。

だからこそ、今までの客間にフラウレティアを寝かせておくことが出来ず、自分の私室に彼女を据え置いた。

魔術素質のない自分がこれなのだ。

客間に寝かせ、彼女の世話をさせる為に人の出入りを許せば、他の者も何かしら感じるだろう。

多くの者がこれを感じてしまえば、彼女を異質として見る目が増える。


どんな思いがあったにせよ、ディード達がどうすることも出来なかったあの不浄を散らし、結果的に砦の皆を助けたのはフラウレティアとアッシュだ。

彼女が目を覚ますまで、責任を持って見守らなければならない。

それに、人目を避けてここに彼女を据えれば、少なくともアッシュをこの姿でフラウレティアの側に置いてやれる。




「今夜、レンベーレが砦に来る。彼女なら、フラウレティアのこの状態を診ることが出来るかもしれない」

ディードの言葉を聞いて、アッシュは一度顔を上げて目を合わせた。

相変わらずアッシュ(竜人)の表情は乏しいが、それでもディードには、彼の目が僅かな救いに期待したのが分かった。


「…………感謝する」

顔をフラウレティアの方へ戻したアッシュが、ボソリと呟いた。


感謝するというのなら、ディードの方が、魔獣を始末したアッシュ達にこそ言うべきことだったが、フラウレティアがこの状況では、今それを言うのも躊躇われるのだった。






フラウレティアは、光の海にいた。


青白い光と、仄かに赤味がかった黄色の光の中を、ふわりふわりと歩いている。

時折、打ち寄せる波のように、青銀と赤金がチラチラと足元を流れていく。


辺りの空気は濃厚で、息を吸うと胸が圧迫されるようなのに、不思議と苦しくはない。

暖かいようで、僅かに涼しくもある。

こんな場所は初めてだ。

初めての場所なのに、少しも不安はなく、むしろ心は穏やかだった。


どうやってここに来たのだったろう。

そして、これから何処へ行くつもりだったのだろう。

フラウレティアはぼんやりと考えながら、ふわりふわりと歩いて行く。

そして、彼女の周りを、仄かな光が寄り添うようにゆっくりと飛んでいる。



さわ、と耳元で微かな音が聞こえた。

フラウレティアはなぜか、それが光たちの音(精霊の声)だと分かった。

その小さな小さな声は、ずっとここにいても良い、と言っている。


居てもいいの?

フラウレティアは光に手を伸ばす。



ハルミアンをはじめ、ドルゴールの皆は、フラウレティアがどこに行っても生きていけるように育ててくれた。

だけど、それは、いつかドルゴールから出て生きろと言われているようだった。


ドルゴールは大好きだが、いつだって完全に受け入れてもらえていない気がしていた。

アンバーク砦には、今では僅かながら自分の居場所がある。

それでも、ドルゴールで育った自分を全てさらけ出しても生きられるのかと聞かれれば、頷くことは出来ない。



私の居場所は、何処にあるのだろう。


フラウレティアの心の底には、常にその疑問が揺蕩っていた。



フラウレティアの漠然とした不安に、周りに漂っていた光が添い、同調する。

ひとりは寂しい。

居場所が分からないなら、居場所が欲しいなら、ここを居場所にしても良い、と。




ここを居場所に……。

この優しい温かな場所で、光たち(精霊)と共に在れたら……、そうすれば、この居心地の悪い寂しさはなくなるだろうか。


そう思ったフラウレティアの右手が、僅かに引かれた。

なんだろうと思って見ても、右手には何もない。

それなのに、僅かに固くひんやりとしたものが右掌に感じられて、フラウレティアの心が惹かれた。


「……何?」

フラウレティアは右掌を凝視する。

周りを飛ぶ光が、フラウレティアの視線を遮るように、目の前で揺れる。

それなのに、より一層右掌から何かが訴えかけていて、目を逸らすことが出来ない。



『………………ラウ……ア……』

何処からか切れ切れに聞こえた声が、フラウレティアの胸を突如揺さぶった。




どうして?

どうして私は、今ここに一人なの!?


フラウレティアの動揺に、周りを跳んでいた光が、パッと散った。

「……アッシュ!」

フラウレティアは光に構わず、大声を出した。






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