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もう誤魔化さない

力強い羽ばたきで砦の直ぐ側まで戻って、屋上から飛び立つ勢いで走るフラウレティアを見付けたアッシュは、目を剥いた。

別館の屋上は、本館の屋上と違って人が寛げるようには作られておらず、非常用に外壁にハシゴが掛かっているだけで手すりもない。

フラウレティアがあの速さで走っているということは、あの端から跳ぶつもりなのだ。

彼女の運動能力をよく理解しているアッシュには、そこから跳んで到達出来る足場などないことは、すぐに分かった。


アッシュは急降下して、フラウレティアに飛び付いた。




アッシュに飛び付かれ、フラウレティアは別館の屋上に引き倒された。

勢いがありすぎて受け身が取れなかった彼女を、アッシュはその翼と胴で、上手く転倒の衝撃から守る。

ザザザとざらついた音をたてて、二人の身体が屋上の床を滑って止まった。


即、牙を剥いて怒鳴ろうとしたアッシュの首を、フラウレティアは寝そべったままの姿勢で素早く腕を伸ばし、ギュウと抱きしめた。


〘 あ、ぐ…… 〙

「おかえりアッシュ……待ってたよ……」


“何という危ないことをするのだ!”と怒るつもりだったアッシュは、フラウレティアの泣いているのかと思う程のか細い声に、言葉を飲み込む。

みるみる間に毒気を抜かれて、首を捻り、その鼻先を、顔を伏せたままの彼女の髪に突っ込む。

首筋から立ち上る嗅ぎ慣れた体臭に、自分でも驚く程に胸の内が溶けた。

側に戻って来たのだと実感して、ほ、と小さく息を吐き、優しい声を出す。

〘 遅くなってごめ、んんっ! 〙

言い終わる前に、バッと頭を上げたフラウレティアの頭頂が、アッシュの下顎に激突した。



あまりの衝撃に、頭をクラリとさせたアッシュから、フラウレティアは素早く立ち上がった。

「アッシュ、お願い、手伝って!」

言うが早いか、まだ屋上に横倒れになったままのアッシュの翼を持って引き上げる。

〘 て、手伝う? 何を? 〙

何度か目を瞬いて、ブルと首を振ったアッシュが問うと、フラウレティアはさも当然のことのように言って、平原を指差した。

「あそこに行くの。助けるのよ!」

〘 はあっ!? 〙

再び駆け出そうとするフラウレティアを、アッシュは飛び上がって翼で叩いた。

反射的に腕で庇うフラウレティアが、抗議の声を上げる前に、今度こそアッシュは怒鳴る。

〘 馬鹿なことを! 狩りとは訳が違う。あれは不浄の物だぞ! 〙

「分かってる。だから、不浄から精霊を引き上げなきゃ!」

翼を押し退けようとするフラウレティアの腕を、アッシュは後ろ足で掴む。

〘 何を言ってる!? そんなこと簡単に出来やしない! 〙


「簡単になんて考えてない!」


フラウレティアは走り出そうとしていた足を止め、腕を掴んだアッシュを上目に睨んだ。

「無茶なことしようとしてるって、分かってる。でも、聞こえるの。苦しんで、悲しんで、声を上げてる」

アッシュは深紅の瞳を細める。

〘 精霊だって? あそこにいるのは、不浄にまみれた魔獣だぞ!? 〙

「その中に囚われてるの。助けを求めてる!」


アッシュは言葉を失った。

フラウレティアは今迄、何度も精霊との共鳴を訴えてきた。

しかしそれは、アッシュにはどうやっても理解出来ない感覚だった。


引いてしまったように見えるアッシュに、フラウレティアは一度唇を引き結んだ。

「……信じられないのは分かってる。分かってるけど、今、行かなきゃならないの。どうしてもあの声を無視しちゃいけない気がするの!」




今まで、誰にも感覚を理解してもらえなかった。

自分でも思うようには共鳴出来なくて、ずっとこの微妙な感覚に蓋をして、誤魔化してきた。

しかし、本当は、自分のこの感覚を信じて出来ることがあるのではないかと、ずっと心の底で思っていた。


フラウレティアの脳裏に、最後に見たグレーンの姿が甦る。

『迷っても立ち止まっても、その心のまま、信じる道を真っ直ぐに生きなさい』


信じる道を行く。

それがどういうものか、まだ良く分からない。

しかし、グレーンが優しく背中を押してくれた通り、今、やらなければならないと心の内で急き立てる思いを、見ない振りはもうしない。



フラウレティアの瞳が深紅に輝く。

掴まれたままの腕を振り解こうとして、アッシュに更に力を込められた。

「アッシュ!」

〘 誤解するな! 〙

アッシュは突然変態する。

人形(ひとがた)を現すと同時に、正面からキッパリと言った。

「俺は、『感覚を理解出来ない』と言ったんだ。フラウを信じないなんて、一度も言った覚えはないっ!」


驚いて目を見張るフラウレティアの腕を、アッシュはようやく離した。

翼竜の姿の時に、翼の根元にベルトで留めてあった小型の薄い鞄が、左肩の部分に固定されている。

アッシュはそれを乱暴に外すと、中から二枚の魔術符を取り出した。

「それは?」

「師匠の魔術符だ。“隠匿の魔法”を模してあるってさ」

言いながら魔術符に魔力を流すと、複雑な紋様が淡く光ったのを確認して、有無を言わさずフラウレティアの背中に貼った。


「あのな、フラウは嘘なんかつかないって、俺はちゃんと知ってる。精霊の声が聞こえるって言うなら、聞こえるんだろ。……ごめんな、俺には解らないけどな」

目を大きく開いたまま見上げるフラウレティアの頭を、アッシュは一度大きな手で優しく撫でた。

そしてもう一枚の魔術符に同じ様に魔力を流すと、自分の胸に貼る。

「フラウがどうしても行く必要があるって言うなら、俺は一緒に行く。ただし、どうしても危険な時は、逃げるからな。自分達の命優先だ」

アッシュはフラウレティアに向かってくるりと背を向けると、片膝をついた。

「乗れ。城壁を越えるのは、俺がやる」



向けられた大きな背中に、フラウレティアは思い切りガバと抱きついた。

後ろからアッシュの首にギュウと腕を巻いて、人間のそれよりも固く重い髪に顔を擦り付ける。

「アッシュ、大好き」

「う……っ、わ、分かってる。行くぞ、掴まってろ!」


何だか一瞬心臓が跳ねた気がするが、その胸の衝撃は今は頭の隅に追いやる。

フラウレティアの膝裏から筋肉質な腕を回し、彼女の体をしっかり背負ったことを確認すると、アッシュはぐんと腿に力を入れて立ち上がった。

間髪入れず身体強化の魔法を自身に発現し、ぐんぐんと速度を上げて駆けると、城壁目掛けて屋上の際を踏み切った。


宙を舞ったアッシュは、即座に口内で詠唱して突風を起こす。

巨躯とは思えない身軽さで、アッシュは滑空する鳥のように、突風に乗って城壁に着地した。




別館の屋上より低い位置にいた城壁上の兵士達は、平原に向かって立っていた背後からの突風に、前に向かってつんのめった。

驚いて後ろを振り返った時に、何かが横を擦り抜けた気がしたが、見回しても何もない。

代わりに平原側から噴き上げるような強風が壁を伝って来たが、再び驚いて壁面を覗いて見ても、何の異常もなかったのだった。




噴き上げる風に着地の衝撃を緩和させ、アッシュは城壁を越えて、壁外の草原に着地した。

「このまま近付いていいんだな!?」

「うん、お願い!」

背中のフラウレティアの無事をチラリと確認して、アッシュは再び力強く足を踏み出す。


先に小さく見える戦いの場は、既に全てが汚れに覆われ、黒い半球を被せたように見えた。






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