翼竜と少女 2
問われて、一瞬フラウレティアの目線が不安気に揺れた。
「私達はゴルタナ国の、魔の森の側にあるドワーフの村で育ちました。赤ん坊の頃に拾われたらしくて、……その村から出るのは初めてです」
十四年前、アンバーク領に隣接していたザクバラ国とフルデルデ王国とは、国土の問題で争っていた。
度々衝突しては互いに多くの血を流し、其処此処に魔穴が出現していた。
フラウレティアの母は、産まれたばかりのフラウレティアを抱えて魔穴に巻き込まれ、魔の森に投げ出されたしい。
隣国ゴルタナの、ドワーフの村カジエで助けられ、フラウレティアだけが生き残ったのだという。
アッシュも魔の森で拾われた魔獣で、物心が付く前から共にいたのだとか。
それなら家族だというのも頷ける話だ。
フラウレティアが話をする間、アッシュはじっと彼女を見つめていた。
「昨日は魔の森で狩りをしていて、魔穴に巻き込まれたんです」
魔獣に驚いて、足を踏み外したらしい。
魔の森には魔穴が出現することが多いというし、運が悪かったということか。
いや、無事に抜けられたのだから運が良かったのか。
「災難だったな。しかし、大したケガもないようで良かった。念の為、後で薬師に来るように伝えておくから、診てもらうといい」
「はい。ありがとうございます」
フラウレティアはペコリと頭を下げた。
「カジエの村には家族のような者もいたのだろう? 何とか連絡してやれたら良いのだが……」
「いえ! 大丈夫です。その……心配するような人は、いないので……」
明らかに、上擦った様子でフラウレティアが言い繕う。
ちょうどその時、マーサが盆に湯気の立ったスープとパンを乗せて部屋に入って来た。
「ああ、目覚めたばかりなのに長く付き合わせてしまったな。食事をして、しばらくゆっくり休みなさい」
ディードは立ち上がろうとして、アッシュを見た。
「すまないが、翼竜は君の従魔ということにさせてくれ」
そのまま小声で素早く言うと、椅子を引いてマーサに場所を譲る。
アッシュは心得た、と言うように小さく尾を打った。
マーサは、ディードとすれ違う時に片眉を上げて言った。
「ディード様が着替えずに行ってしまったって、エナが怒ってましたよ」
「今から着替えるよ」
ディードが苦笑する。
その様子を見ていたフラウレティアが、ディードの服に泥汚れがついている理由に気づいた。
きちんと礼を述べていなかったことにも。
「あの! 助けて下さって、ありがとうございましたっ」
ディードの後ろ姿に向かって言うと、ディードは振り向いて優しく目を細めた。
廊下に出ると、すぐアイゼルが一歩後に付いて来る。
部屋からしばらく離れたところで、ディードはアイゼルに尋ねた。
「どう思った?」
「そうですね。にわかには信じがたい話ですが、あの変わった服装も翼竜も、ドワーフの村で育ったというなら有り得るのかもしれません。……しかし、彼女は何やら隠し事が多そうですね」
「そう思ったか」
「はい。国境越えになりますが、ドワーフの村に探りを入れますか?」
「ああ。……あの娘の目を見たか?」
一拍置いて、やや低い声でディードが問うた。
アイゼルは眉を寄せる。
「目ですか?……賢そうな目をした娘だとは思いましたが、何か気になることでも?」
「いや、何でもない。しばらくここに置いて、様子を見てみよう。翼竜連れでは、おいそれと外に出すわけにもいかないだろう」
「そうですね。皆には翼竜は従魔だと伝えておきましょう」
「そうしてくれ」
今後の事について打ち合わせながら、ディードは部屋に入った時のことを思い出していた。
少女の、くっきりした二重の大きな瞳。
髪の色と同じ、明るい銅色だった。
しかし目が合ったあの瞬間、別の色に見えた気がした。
―――――――濃い紅色。
血のような、魔物の瞳の色に。




