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不浄のもの

フラウレティアは、医務室の入口の布の隙間から、中をそっと覗く。

怪我人の治療は終わり、一時騒然としていた室内は落ち着いているようだ。

少し前に、太陽神の神官が、腕を失った兵士に神聖魔法を施す為に室内に入っていたが、救済(魔法処置)を終えてさっき出て行ったところだった。


垂らされた布を捲り、静かに室内に入ったフラウレティアは、血の付いた布が山盛りになった、壁際のかごを持ち上げる。

処置の時に汚れた物を投げ込んでいるので、洗濯場に行って、捨てるものと洗濯する物に仕分けるのだ。

神官が来たということは、おそらく、不浄にまみれているという魔獣の討伐が始まる。

また怪我人が運び込まれた時の為に、汚れた物を取り除いて、受け入れられるように準備しておかなければならない。



フラウレティアがかごを持って、出入り口の方へ踏み出した時、腕を失った兵士の声が聞こえた。

「あれは、我が国の騎士達だった……」

フラウレティアがふと足を止める。

神聖魔法を施された兵士は、仲間に支えられて、別館二階の病室へ移動するところだった。

彼を支える仲間の兵士と話しているようだ。


兵士は痛みからなのか、それとも話している内容のせいか、顔を酷く歪めた。

「我が国の? ドルゴールに向かった者達のことか?」

「……そうだ。確かに、あの黒いモヤの中にいたのは彼等だった」

兵士の声が震える。


頭から飲み込まれるところを、辛うじて腕一本の犠牲で避けた時、間近に見た黒いモヤの中、パカリと開いた内側に、藻掻き苦しむ騎士の姿を見た。

一人ではない。

多くの人間が歪に繋がったように、至る所に顔があり、手があり、銅があった。

彼等は苦し気な顔で、一様に叫んでいた。


「……何と言っていたんだ?」

ゴクリと喉を鳴らし、支えている兵士が顔を覗き込んで尋ねた。

左腕を失くし、仲間に支えられた兵士が、一層苦し気に顔を歪めて声をしぼり出した。


「…………『帰りたい』と……」





見張り塔の小部屋から場所を移し、本館の一室でディードは神官二人と向き合っていた。

「祓うことが出来ない?」

ディードが表情を険しくする。

「はい。神官の我々に出来るのは、不浄のものを一時的に祓うことですが、……申し上げ難いことですが、()()は我々の手に余る規模です、領主様」

そう言った神官の顔色は、二人共良くない。


神官二人が砦に到着してすぐ、一人は腕を失くした兵士の治療へ向かい、もう一人は見張り塔からディードと共に平野を進む魔獣を確認した。

そして、確認した神官の下した判断がこれだった。


そもそも、神官に出来るのは不浄を祓うことだけで、浄化は出来ない。

偶発的に発生した不浄ならば、祓われればそのまま消えてしまうので問題はない。

穢れた場所に起こる変化も、神官に場所自体の浄化は出来ないが、そこに溜まる不浄を定期的に祓うことで人々の生活に影響は殆ど無い。

それ故に、日常生活においては、聖職者の浄化の能力を必要とされることは滅多にないものだ。



「あの魔獣は、明らかに不浄を纏っていますが、我々の目から見ても異常なものです。あのような規模の不浄を纏うものは、初めて見ます。例え魔獣の動きを止めることが出来て我々が祓ったとしても、祓い切れるものではありません」

二人の神官は悔しさと共に、恐れを滲ませる。

「……では、あの魔獣の不浄を祓うにはどうすれば良い?」

「……司教以上の聖職者の祓い儀式、もしくは聖人聖女の浄化を用いる他にはないかと……」

その答えに、ディードは無意識に歯軋りした。

司教は、オルセールス神聖王国に十人いるという高位聖職者だが、その殆どは神聖王国に留まっている。

聖女と呼ばれる者は現在世界にはおらず、聖人は二人いるが、世界中を巡教して回っているという彼等は、フルデルデ王国にはいない。

一人は大陸北へ巡教中で、もう一人は神聖王国へ帰国したばかりだという。

助けを乞い願ったとしても、数日程度ではここに辿り着けまい。


「……あの不浄を、放置するしかないというのか?」

見るだけで肌が粟立つような、あのおぞましいものを、助け手が到着するまで見張るだけしか出来ることはないのか。

討伐の為に準備を整え、外に整列する兵士達の声を聞きながら、ディードは目を眇めた。




城壁の外へ続く門の内側では、これから黒い魔獣に向かって行く兵士達が集まっていた。

太陽神の神官に、神聖魔法の付与を与えて貰ってから、壁門を出ることになっている。


随分待ってから、ディードとアイゼル共に太陽神の神官二人が建物から出て来た。

集まっていた兵士達は口を閉じ、静かに整列する。

ディードは彼等の前に立って、一度小さく息を吐くと口を開いた。

「討伐部隊を出すのは見送る」

静まっていた兵達が、ざわめき立つ。

「ディード様、どういうことですか?」

先頭にギルティンと並んでいたナリスが一歩前へ出た。

仲間を二人喰われ、何人もの怪我人を出したあの魔獣に、仇討ちとばかりに向かって行くつもりだった兵達も、身を乗り出さんばかりだ。


ディードは険しい表情のまま、神官達の見解を説明した。

「神官が不浄を祓えない以上、こちらから向かって行くべきではないと判断した。オルセールス神聖王国に急ぎ救済を求め、祓える者が到着するまでは壁門を完全封鎖し、魔獣を阻むこととする」

兵士達は互いに顔を見合わせて、ざわざわと口々に意見を述べあっている。

確かに今までこの砦の兵士達が相手にしてきた魔獣と、今回の魔獣は違う。

不浄を強く纏っている以上、力技で対処は出来ない。


そもそもこの砦の一番の役割は、フルデルデ王国を外敵から守ることだ。

平原の平常も保つために、魔獣が徘徊していれば討伐に出ていたが、必ずしも魔獣を平原で倒さねばならない訳では無い。

あの魔獣がどんなものであれ、城壁を越えさせないことが一番大事なことだ。




「魔獣の動きを止めるだけでも、試してみてはどうでしょうか」

ざわざわとした中で、はっきりと大きな声で言ったのはギルティンだ。

硬皮の籠手を付けた腕を組み、皆の視線を受けて、ギルティンは固い表情で続ける。

「城壁を越えさせないことが肝要なのは承知ですが、先程の奴の攻撃を見るに、壁門に近付かせるのはどうにも不気味です」

魔獣は、黒い不浄のモヤを伸ばして攻撃してきた。

どのくらい伸びるのかは、はっきり分からないが、壁門まで近寄って、それを城壁の上や中まで伸ばして来ないとも限らない。

出来ることならば、近寄らせたくない。

「どうやら、核となっているのはクマ型の魔獣で間違いないようですし、平原にいる今の内に魔獣を動けなくなるようにすれば、不浄を祓えなくても、せめてこっちに近寄れなくなるんじゃないですか?」


ギルティンは腰の長剣を握る。

神聖魔法を付与された武器なら、普通の武器ではダメージを与えることの出来ない不浄のものにも、ダメージを与えられる。

無防備に晒されさえしなければ、不浄にまみれた魔獣であっても戦えるし、その後の神官の祓いがなくなっただけで、兵士達がやることは予定していたことと変わらないはずだ。


ディードは口を閉じてギルティンと目を合わせていた。

ギルティンが提案してきたことは、ディードがここに出て来る前に考えていたことと、殆ど同じだった。

しかし、おそらく全員無傷で事を成すことは出来ないだろう。

国境を守ることは勿論だが、団長であるディードにとっては、砦の兵士達の命を守ることも重要なことだ。

倒せるかどうかも分からない、あの得体の知れない魔獣に向かって行けと命令を下すことは躊躇われた。

……しかし。


「ディード様、行かせて下さい」

ギルティンの目には強い決意が込められている。

喰われた二人は、ギルティン率いる第一部隊員だった。




暫く見合った後、ディードは一度短く息を吐いて言った。

「神官殿、神聖魔法の付与は何人行える?」

「……後の事を考えれば、二十人が限界かと」

側に控えていた神官が答える。

「聞いてのとおりだ。ギルティン、ナリス、選抜は任せる。四半刻後に壁門を開ける!」

ディードが声を張った。


集まっていた兵士達が姿勢を正し、一斉に声を上げた。






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