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二人の関係

翌日、日の出の鐘が聞こえる頃、グレーンの身体は砦の人々の手で、棺に移された。

もう一刻もしない内に、領街の方から親族が大型馬車を手配して、遺体を引き取りに訪れる予定だ。

集まっている人々は、皆思い思いにグレーンに最後の挨拶をして、棺の中に花を供える。

その中には、ディードやギルティンもいた。


フラウレティアは許可を貰って、ミルクジャムをそっと入れた。

もう、本当にお別れなんだ。

そう思って唇を噛むと、いつの間にか隣に立っていたディードが、優しく肩を叩いてくれた。


視線を合わせ、そっと微笑んだ時だった。



高い鐘の音が聞こえた。

時刻を知らせる鐘の音ではなく、どこか警戒の雰囲気を滲ませる早鐘、警鐘だ。

警鐘を鳴らさねばならない事が起こったのだ。


さすがに辺境を守る砦の兵士達は、動きが早かった。

警鐘が鳴って一拍の後には、この場に集まっていたほとんどの兵士達は動き出していた。

「エイムと一緒にいなさい」

隣に立っていたディードに言われ、フラウレティアは彼を見上げる。

彼は小さく頷いて、副官のアイゼルを伴って部屋を出て行った。


エイムが駆け寄って来て声を掛ける。

「フラウレティアさん、行きましょう」

兵士達が皆出て行った後に続くように、エイムが早足で出口に向かう。


フラウレティアは付いて駆け出しながら尋ねた。

「何があったんですか?」

「壁外に魔獣が現れたんでしょう。魔の森から出てくると、今の警鐘が鳴らされます」

フラウレティアは記憶を辿る。

魔の森にいる時、あの警鐘を微かに聞いた覚えがある。

あれは、魔獣が現れた時に、アンバーク砦で鳴らされていたものだったのだろう。


「魔の森から出てきても、魔獣がこちらに向かって来るとは限りませんが、もしこちらに向かってくるようなら討伐隊を出すことになるかもしれません。今の内に医務室で備えますから、手伝って下さい」

討伐隊が出れば、十中八九、怪我人が帰って来ることになる。

どんな場合にも診れるように、備えておくことは大事だ。

廊下を早足に進みながらフラウレティアは頷いたが、チラリと後ろを見遣った。

グレーンの棺が置かれたままの部屋が遠ざかる。

「……ちゃんとお別れは出来ましたよ。後は迎えに来る者に任せて、私達は出来ることをしましょう」

フラウレティアの胸中を読んだように、エイムが優しい声音で言った。


グレーンは、医務室を任せるとエイムに言ったのだ。

ならば今は、その手伝いをしなければ。

フラウレティアはコクリと頷いて、しっかりと前を向いた。





「はい、合格〜」

「よしっ!」

合格の声に、竜人に似つかわしくなく全身でガッツポーズをしたのは、ドルゴールにいるアッシュだ。

ドルゴールに戻って四日目の昼前、ようやく“隠匿の魔法”を維持したまま、弟のエニッサに見つからずにドルゴールを一周した。

スタート地点でもあり、ゴール地点でもあるハルミアンの家の前で、達成感と安堵感に大きく息を吐いた。



「頭禿げる前に合格できて良かったね」

ガッツポーズを解いたアッシュに、開け放った窓際からハルミアンが笑う。

本気で探せと指示されていたエニッサは、結局、文句を言いながらもアッシュを探し続けた。

そして、何度も何度も、アッシュを見つけては頭に蹴りを入れたのだった。


アイツ、毎回蹴りやがってとぶつぶつ言うアッシュは、窓際から白い腕で差し出された紙束を見て、僅かに眉根を寄せる。

「……何だ?」

「隠匿の魔法の魔術符版かな」

軽く告げられた内容に、アッシュはガンと頭を殴られたように、一瞬身体を傾いだ。

「そ、そんなものあるなら、最初からくれればいいだろうがっ!」

威嚇するように牙を鳴らして怒鳴るアッシュを、ハルミアンは大きく溜め息をつきながら、窓際から見上げて呟く。

「……この親子、同じこと説明しなきゃ分からないのかね」

アッシュは、隠匿の魔法を習得しておくことが如何に重要であるか、しつこく説明される羽目になったのだった。




アッシュの頭が痛くなる程説明を繰り返してから、ハルミアンはようやく魔術符を渡した。

引ったくるように受け取ってから、アッシュは口を曲げる。

「なあ、ハルミアン、アンタは……」

「“師匠”」

「ぐ……、師匠は何でフラウと俺を支援してくれるんだ?」

嫌そうにしながらも、律儀に“師匠”と言い直すアッシュが可笑しくて、ハルミアンは軽く笑う。

「別に大したことしてないと思うけど?」

アッシュは建物の外から、開いた窓の中を覗き込む。

「…………だって、人間に関わろうっていうのに、長老達の誰一人文句を言いに来ないなんておかしいだろ。アンタ……師匠が説得してくれたんじゃないのか?」


この土地に逃げて来た頃から生きている中でも、竜人族の始祖七人(円卓様)に仕えた古参の竜人達を、今では長老と呼んでいる。

ハドシュもその内の一人だ。


魔竜出現以前、フルブレスカ魔法皇国の王宮最奥で、始祖七人は巨大な円卓に座することが常だった。

それ故に始祖七人のことを、“円卓様”と呼ぶ。

円卓の中央には、“竜の心臓”と呼ばれる、血の色の巨大な魔石のような物が立っていて、それにより、多くの竜人達の意志は、始祖七人にほぼ統率されていたという。


“竜の心臓”は、魔竜の出現で、始祖七人と共に消滅した。

そのせいもあってか、今では竜人達の中にも意見が食い違うような事も多い。

竜人族全体を“個”としていた時代もあったというから、随分な変化だ。


ハドシュとアッシュが人間の赤ん坊(フラウレティア)を拾って来た時も、ハドシュと残りの長老達の間では様々な意見の衝突があったらしい。

今でこそ、一応フラウレティアはドルゴールの一住人として認識されているが、人間の彼女を未だに良く思わない者達も少なくないのだ。



「僕は説得なんてしてないよ。してるとしたら、ハドシュでしょ」

「ハドシュ?」

「そう、アイツ、意外とフラウレティアを大事にしてるでしょ」

ハルミアンの言葉に、アッシュはあからさまに嫌そうに顔を歪めた。


確かに赤ん坊を拾ってきた当初、ある程度育つまではドルゴールに置いておくよう、長老達を説得したのはハドシュだ。

物心付く前に人間の世界に返すということで話は纏まっていたらしいが、アッシュがフラウレティアに乳素を飲ませたことで、状況は一変した。

どんな変異をしたかも分からないフラウレティアを、おいそれと人間の世界へ返して良いものか、意見が割れたからだ。

それで、結局フラウレティアはずっとドルゴールで育った。


改めてハドシュがフラウレティアを守っているようなことを言われ、アッシュの胸はザワつく。


「……フラウのところに戻る」

アッシュは不機嫌そうなまま、踵を返そうとする。

「そう。フラウレティアのこと、頼んだからね」

「言われなくても、俺が守る。同じ父親として、ハドシュになんて負けていられない」

忌々し気に言い捨てるアッシュに、ハルミアンは思わず眉根を寄せた。

「はあ? 何それ。何でアッシュが父親?」

「…………フラウがそう思っているようだったから」

それが不服であるというのが、アッシュの全身に表れていて、ハルミアンは整った眉を下げて溜め息をつく。

「それ、何かに影響でも受けたんじゃないの?フラウレティアが君を父親として見てるなんてこと、ないと思うけど」

「じゃあ何だ? 兄なのか?」

勢い込んで尋ねるアッシュに、ハルミアンはニヤリと笑って見上げる。

「世話の焼ける弟みたいな時もあるけど?」

「うぐ……」


よく分からない悩みでぐるぐるしているアッシュを、ハルミアンは軽く笑い飛ばす。

「何でもいいじゃない」

アッシュは、怪訝そうにハルミアンに視線を向ける。

「だって、君達の関係に名前を付けて分類する必要ある? 君達は君達。“アッシュとフラウレティア”だよ。たくさん話し合って、これからも二人だけの関係を作っていけばいい」



どこか柔らかく微笑んで、老エルフは空を見上げる。

青く澄んだ空には、精霊の仄かな光が遠く流れる。

「君達は生きてるんだからさ」





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