別れの一夜
「ギルティン隊長」
裏口の外側に立っていたのは、薬師見習いと三人の兵士だった。
兵士達は、不機嫌そうに仁王立ちしているギルティンと、その後方に、鳶色の髪を後ろできっちりと纏め上げたナリスもいるのに気付いて、思わず姿勢を正す。
「ゴルタナ……?」
厨房の裏口の側に立っていた、薬師見習いが怪訝そうに眉根を寄せた。
ギルティンは、男達の顔を順に睨める。
「そこの嬢ちゃんは、ゴルタナの何とかっていうドワーフの村で育ったんだろうが。砦ではもう皆知ってるような話だと思ってたんだが、まだ知らない奴もいたのか?」
え、と明らかに薬師見習いが驚いた表情になった。
ナリスが薬師見習いを軽く示した。
「確か医務室に一昨日薬師見習いが入ったって聞いたけど、あなた?」
「ああ、それじゃあ変わり者の嬢ちゃんのことも知らねぇか」
ギルティンがフンと鼻を鳴らした。
集まっていた男達は、困惑の表情で顔を見合わせる。
フラウレティアは、半ば呆然と彼等のやり取りを見ていた。
“変わり者”と言われたことは引っ掛かったが、ギルティンがフラウレティアを庇うように口を挟んだ事に驚いた。
「まあ、他国の葬送の事なんざ知らなくて当然だからな、突然フルデルデ王国で忌避される火葬を勧められれば、そりゃあ戸惑うだろう。だけどお前等、その嬢ちゃんと随分馴染んでただろう。嬢ちゃんが薬師の爺さんのことを本気で悼んでることくらい、見てれば分かるんじゃねえのか?」
鼻の上にシワを寄せ、苛立ち混じりに言うギルティンの肩を、ナリスがポンと叩く。
「ギルティンが分かるくらいだからね」
薬師見習いと一緒に立っていた兵士達が、軽く笑う。
「……そうだった、フラウレティアはこの国に来たばっかりだったんだもんな」
背の高い料理人が、バツが悪そうにクシャと頭を掻く。
厨房内に漂っていた重い雰囲気が緩むのが感じられて、フラウレティアは握っていた手の力を抜いた。
マーサが隣からフラウレティアの顔を覗き込む。
「フラウレティア、アンタの住んでたところじゃ、火葬が一般的だったのかい?」
「はい。神々の御手に還る、神聖な葬送儀式でした。……こちらのことを知らなくて……、皆さんを不快にさせたなら、すみませんでした」
ペコリと頭を下げるフラウレティアをマーサが止めると、料理人も慌てて寄ってきて謝る。
「いや、俺達が悪かった。この国から出たことがないもんだからさ、どうも他所の習慣にまで頭が回らなくて……」
いつもの様子で料理人に話し掛けられ、その後はいつもの厨房の雰囲気に戻った。
フラウレティアは心の内で、こっそりと安堵の息を吐いた。
「ギルティンさん! ナリスさん!」
ナリスと共に本館の方へ歩いて行くギルティンを追い掛けて、フラウレティアは声を上げた。
「あの、さっきはありがとうございました」
止まって振り向いた二人に追い付き、フラウレティアはペコリと頭を下げる。
ギルティンは軽く鼻を鳴らした。
「……別に。他国の葬送を知ってるのに黙ってられなかっただけだ」
ギルティンは元傭兵だ。
冒険者と呼ばれる異職種の集団で、依頼を受けて隣国ゴルタナへ滞在したこともある。
異種族が混じり合って成り立っているゴルタナ国は、魔竜出現以前の様相や、生活習慣を残している地域も残っている。
葬送の礼法もその一つだ。
そういう場所でなぜ火葬するのかという理由を聞けば、故人を思う心からの儀式あることも納得できた。
「大体、吊るし上げるようなやり方は気に入らないからな」
真っ赤な髪を揺らして、フイと顔を背けるギルティンを、ナリスが整った片眉を上げて横目で見る。
「自分も意地悪したくせにね」
「してねえ! そもそも俺は一対一だっただろうが!」
吠えるギルティンの肩を、ナリスが叩いて笑う。
「この人これでも、昨夜の屋上でのこと、言い過ぎたって反省してるの。許してやってね」
余計な事を言うなと唸っているギルティンと、ハイハイと軽く流しているナリスを見て、フラウレティアも力が抜ける。
ナリスがなぜ、昨夜の屋上でのやり取りを知っているかという疑問は湧いたが、ギルティンがフラウレティアのことを心底嫌っているわけではないのだと分かり、何だか胸の内が軽くなった。
やっぱり、ギルティンは根は良い人なのかもしれない。
フラウレティアは軽く微笑んだ。
深夜、フラウレティアはグレーンの身体が安置されている部屋へ行く。
さすがに日付も変わって一刻ほど経つと、別れを惜しみに部屋を訪れる者も少ないようで、フラウレティアが来た時には、部屋にはエイムだけだった。
「グレーン薬師様、遅くなってごめんなさい」
フラウレティアは、供えられた花や果物の側に、瓶に詰めたミルクジャムをそっと置いた。
「エイムさん、私も朝までここにいて良いですか?」
エイムに尋ねると、彼は薄く笑みを浮かべて頷いた。
フラウレティアは椅子に腰掛けて、グレーンの穏やかな寝顔を見つめる。
ミルクジャムを食べて、『これは美味いのぅ』と目尻を下げていたのは、つい先日のことだ。
耳に残る優しい声がもう聞けないのかと思うと、不意に鼻の奥がツンとした。
グレーンは初めてフラウレティア達と出会ってから、一度もアッシュに怯むことなく、いつも同じように穏やかに接してくれた。
出会った時から、グレーンはフラウレティアがドルゴールから来たのだと考えていたのだろうか。
共にいるアッシュのことを、ただの翼竜でなく竜人族だと、いつから気付いていたのだろう。
その答えはもう聞けないけれど、フラウレティア達がどういう者であれ、彼が温かく見守ってくれていた事は分かる。
『お前さんは良い子じゃ。迷っても立ち止まっても、その心のまま、信じる道を真っ直ぐに生きなさい』
最後に掛けられた言葉を思い出す。
「…………はい、薬師様。必ずそうします」
フラウレティアは小さく呟く。
エイムが不思議そうに一度視線を向けたが、彼は何も聞かずにいてくれた。




