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葬送の儀式

竜人族は、人間が不老不死と勘違いする程に長く生きる。

その中でも、竜の身体から生まれた始祖七人は、格別に長い寿命を持っていたようで、優に千年を越して生きた。

魔竜の出現に巻き込まれて消滅しなければ、今もなお生きていたかもしれない。


彼等は病や呪いにも強く、事故死でもなければ、長い寿命を全うして老衰で亡くなる者が殆どだ。

ドルゴールを囲む険しい環境の中で、魔獣と戦うようなことがあっても、魔獣の内で似た分類をされる竜族以外は、油断しなければ命を落とすような相手でもない。

それ故に、フラウレティアが竜人族が亡くなるのを見たのは、今までで二度しかない。

正確には、亡くなった後の火葬を見た。



竜人族が亡くなると、葬送は火葬で行われる。

大体は、故人に近しい者が、魔法によって遺体を焼くが、ドルゴールに住まう竜人の全てが故人を送る。


故人の身体は火で焼かれ、煙となって風に乗る。

残る骨は水で清められた後、土に埋められる。

そうして四大精霊の手を経て、太陽と月の兄妹神の下に還るのだといわれていた。




日の入りの鐘を過ぎて、フラウレティアは、グレーンの身体が安置された部屋の隅に座っていた。

砦にいる人々が代わる代わる部屋を訪れ、眠っているようなグレーンの側に寄って声を掛けたり、祈りを捧げたりしていく。

フラウレティアはそれを、ぼんやりと見つめていた。



エイムに火葬の話をしてはいけないと言われてから、フラウレティアは葬送に関して口を噤んでいる。

竜人族にとっての葬送は、彼等が崇拝してやまない、兄妹神の御手に還る為の重要な儀式だ。

それは、彼等の中で儀式を見ていただけのフラウレティアにも伝わる程、神聖な雰囲気を持つものだった。


人間も、いや、この世界に生きる者は皆、そうして神の下に還るのだと思っていたフラウレティアは、グレーンを土葬にすると言われて、スッキリしない気分だった。

それでは、月光神の眷族である土の精霊の手を経て、月光神の下へ還る事はできても、太陽神の下へは還れないのではないだろうか。

しかし、人間は人間の決まりの中で生きている。

それは人間の中に混じって、まだひと月に満たないフラウレティアにも理解出来た。

だから、フルデルデ王国では犯罪者のみ火葬されると聞けば、それ以上は何も言えない。


それでも、ここでもフラウレティアは人間達とは違うのだと言われたようで、何となく悲しい気持ちになった。




穏やかな表情で横になっているグレーンの周りには、多くの花が捧げられていた。

側の机には、果物や本など、彼が生前好きだったのであろう物が置かれてある。

それらは全て、グレーンに別れを告げに来た人々が置いていった物だ。

グレーンがこの砦で、どれだけの人に慕われていたのか、ここに来て日の浅いフラウレティアにもよく分かった。


「フラウレティア、大丈夫かい?」

突然声を掛けられて、ぼんやりとしたままだったフラウレティアは目を瞬いた。

気が付けば、目を赤くしたマーサが、心配そうにフラウレティアの顔を覗き込んでいる。

「マーサさん……」

たったそれだけ口にしただけなのに、マーサはフラウレティアが塞いでしまっていることを察したらしい。

マーサは、分厚く温かい手でフラウレティアの手を取って、椅子から引き上げた。

「おいで。そんな顔でずっとここに座ってちゃいけないよ」


マーサはフラウレティアの手を握ったまま、食堂の方へズンズン進んで行く。

こうしてマーサに引っ張って行かれるのは二度目だ。

前回は初めての事にドキドキしたものだったが、今回はその掌の温かさに、何だかとても安心した。

いつもなら肩に乗るアッシュに触れて心を落ち着けるのに、アッシュがいなくてずっと気が張っていたのかもしれない。



マーサは食堂に入り、厨房に近い席にフラウレティアを座らせて待たせると、少ししてから湯気の立つカップを持って厨房から出て来た。

「さあ、これ飲みな」

渡されたのはホットミルクだ。

カップを口元に持って行くと、顔に当たる湯気が柔らかい。

口に含むと、多めに蜂蜜が入っていているようで、とても甘かった。

その甘さと温かさは、フラウレティアを癒やすように、喉元からじわりと広がる。


ふと、そのミルクの味と温かみで、グレーン薬師との約束を思い出した。

視線を上げると、テーブルを挟んで正面に立ったマーサが、気遣わし気にフラウレティアを見つめている。

「マーサさん、ミルクジャムを作らせて貰えないでしょうか」

「今からかい?」

フラウレティアはコクリと頷く。

「本当は、今日もう一度薬師様に食べて頂く約束だったんです。でも昨日、焦がしてしまったから……」

フラウレティアはカップを強く握る。

「もう食べては頂けないけど、でも……」

唇を噛んで、言葉を切った。

“もう食べては貰えない”という事実を口にすると、どうしょうもなく悲しかった。


マーサは頷くと、フラウレティアの頭を撫でる。

「うん。作って、持って行って差し上げるといいよ。グレーン薬師もきっと喜ぶ」

フラウレティアはようやく少し笑んだ。

カップのミルクを飲み干すと、席を立ってマーサと共に厨房へ入った。




既に今日の仕事を終えている厨房は、料理人一人と見習い、下男が残っていて、下女はいないようだった。

三人は裏口の所に集まっていた。

裏口は開け放たれ、外に数人立っている。

どうやらそこで立ち話をしているようだ。


「虫が入ってくるから、長くなるなら外に出て話しておくれよ」

マーサが焜炉の方へ向かいながら注意すると、はいはいと返事をしながら振り返った背の高い料理人が、フラウレティアの姿を見て一瞬表情を曇らせた。

彼からそういう顔を向けられたことがなかったフラウレティアは、軽く首を傾げる。

三人の間から、外に立っている数人の顔が見えた。

外には、医務室の薬師見習いの青年もいて、目が合った。

その視線に、明らかに嫌悪感が滲んでいていて、フラウレティアは一瞬たじろいだ。


ちらとこちらを見て、小声で何やら話す男達に、マーサが鍋を持ち上げて大きく溜め息を付く。

「何なんだい、コソコソと。何か言いたいことでもあるのかい?」

鍋を作業台の上にドンと置かれ、男達は気不味そうに視線を合わせるが、背の高い料理人が意を決したように口を開いた。

「フラウレティア、グレーン薬師を火葬にするべきだって言ったんだって?」

側に立っていたマーサが、弾かれたようにフラウレティアを見た。


「違います! どうするのか尋ねただけで、そうするべきだと言ったわけじゃ……」

慌てて言いながら、フラウレティアは否定の仕方を間違えたと思った。

案の定、火葬自体を否定しなかったフラウレティアに、マーサが困惑したように眉根を寄せる。

「……フラウレティア、アンタ葬送の礼法を知らないのかい?」

「あの、違うんです……」

マーサには誤解されたくないが、どう説明したら良いものか分からなくて、フラウレティアは言葉を詰まらせる。

裏口に集まっている男達の、軽蔑にも似た視線も集まり、フラウレティアは無意識に拳を握った。




「ゴルタナには、神々の御手に還る神聖な葬送儀式が火葬だってとこも残ってんだよ」


裏口に集まる男達の更に後から、張りのある声が割って入った。

皆が一斉にそちらを向く。


赤毛をゆらして、腕を組んだギルティンが厨房の裏口に集まる男達を睨めていた。






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