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突然の別れ

その日の昼過ぎ、グレーン薬師は息を引き取った。


診察を兼ねて昼食を運んで行ったエイムが、息が浅くなって意識の低下したグレーンに気付き、そのまま側にいて看取った。

少しエイムと会話は出来たが、その後はうわ言のような声で、多くの感謝を述べながらの最期だった。



知らせを受けて、フラウレティアが部屋に駆け付けた時、既にグレーンの息はなかった。

彼はベッドで腹の上に手を組んだ格好で、静かに横になっていた。

その表情はとても穏やかだ。

側の机には、フラウレティアが運んで来た布が、その時の状態のまま置かれている。

包帯を作る為の布を持って来た時、よく眠っているようだったので、起こさず側の机の上に置いておいたのだ。


フラウレティアはそっとベッドの側に寄り、グレーンを見下ろして立ち尽くした。


今朝、ここで会った。

元気いっぱいとは言えなかったけれど、笑って会話をした。

アッシュが帰って来たら、話を聞いてくれると約束してくれた。

これからここで、もっともっとグレーンを手伝いたかった。


『迷っても立ち止まっても、その心のまま、信じる道を真っ直ぐに生きなさい』


あれが、最後の言葉だったなんて。

頷いて出て行ったりせず、ベッドの側に戻って、ちゃんと返事をすれば良かった。

フラウレティアは、まだほんのりと温かいグレーンの手に触れ、唇を噛んだ。





夕の鐘が鳴って、お遣いを頼まれて出ていたフラウレティアは、医務室に戻った。

医務室には、領街から来てくれた薬師見習いの青年が昨日から入っていて、エイムに指示されながらメモ用紙に書き付けている。


「ああ、フラウレティアさん、片付け手伝って貰えますか」

エイムが普段と変わらない様子で言う。

違うのは、目が少し腫れぼったいことだろうか。

彼は、グレーンを看取った後静かに泣いていたが、下女達と遺体を清め整えた後は、普段通り医務室に戻って働いていた。

「……エイムさんは、グレーン薬師様の側にいなくてもいいんですか?」

目元さえ見なければ、全くいつも通りに見えるエイムに、思わずフラウレティアが尋ねた。

エイムは軽く目を見張ったが、すぐに眉を下げた。


「『後は頼んだ』と言われたんです」

彼は薄く笑みを浮かべる。

『最後まで愛弟子と現場に居られて、幸せだったわい。……エイムよ、後は頼んだぞ』

意識を持って最後に言葉を交わした時、グレーンはエイムにそう言った。


「薬師が足りない上に私が未熟で、師匠(せんせい)に無理して仕事をさせてしまい、それで体調が悪化したのではないか。……正直、そんな風に思っていたんですよ」

しかし、師は愛弟子(エイム)と最後まで仕事が出来て、幸せだったと言った。

まだ未熟だと思っていた自分に、後を任せると言ったのだ。


「あんな風に言われたら……、大事な医務室を私に任せると言うなら、落ち込んだりしんみりなんてしていられないですよね」

エイムは僅かに瞳を潤ませたが、大きく息を吐いてパシリと両手で頬を叩く。

「さあ、片付けましょう」




言われた通り、フラウレティアは片付けを手伝う。

診察机の周りには私物は置いていない。

それなのに、机の上を片付けていると、薬瓶ひとつ並べ直しただけで、グレーンの事をあれこれと思い出してしまう。

決してグレーン一人がここを使っていた訳ではないのに、フラウレティアには何もかもが彼の残した物のように感じた。


「フラウレティアさん、大丈夫ですか?」

不意にエイムに顔を覗き込まれ、フラウレティアは手が止まっていた事に気付いた。


「……あ、すみません」

答えたフラウレティアに、エイムは眉を下げて、ごく僅かに笑う。

「……師匠(せんせい)を、大事に思っていて下さったんですね。ありがとうございます」

エイムの顔を見つめ返すフラウレティアの顔は、悲しみに沈んでいる。

グレーンとフラウレティアが共に過ごした時間はとても短いものだったが、その顔を見れば、彼女がどれ程グレーンに親愛の情を向けていたのかが分かった。



「…………私、どうしたらいいのか分からないんです」

ポツリと零したフラウレティアを見て、エイムは首を傾げる。

「分からない?」

「はい。だって、誰かが急に死んでしまうようなこと、今まで一度もなかったから……」

ドルゴールにいた十五年弱、周りにいたのは竜人とエルフのハルミアンだけだ。

その者達は皆、人間からすれば果てしなく長く生きる者達だ。

フラウレティアは、身近な誰かが命を失うようなことを、今まで一度も経験したことがなかった。

フラウレティアは、下唇を噛む。

そうしなければ、込み上げる何かを我慢出来そうにない。

「……じゃあ、一緒に師匠(せんせい)を偲んで、送って下さい」

エイムがフラウレティアの手を取った。

今夜は砦内にグレーンの遺体は安置される。

この砦に、グレーンに世話にならなかった者は一人もいない。

皆思い思いに彼に別れを告げ、偲び、明日領街に送り出すことになっていた。



フラウレティアがコクリと頷いたので、エイムは小さく安堵の息を吐く。

しかし、フラウレティアの次の言葉に顔を引き攣らせた。


「エイムさん、グレーン薬師様の身体は、誰が焼くんですか?」


悲しみを滲ませた表情のまま放たれた言葉に、エイムは徐々に眉根を寄せる。

そして、ハッとして周りを見回した。

さっきまで近くにいた薬師見習いは、エイムに教わって書付けを終えた後、壁一面の棚の薬剤をチェックしていた。

彼もまた、信じられないというような顔をしてフラウレティアを見ている。

「こちらはもういいから、調剤室の在庫確認を手伝っていて下さい」

エイムがフラウレティアを庇うように立って、薬師見習いに指示を出す。

彼は訝し気にしながらも頷いて、言われた通り隣の調剤室に入って行った。




エイムは、薬師見習いの姿が仕切り布の向こうに消えてから、フラウレティアを振り返り、小声で尋ねる。

「フラウレティアさん、ドワーフ達は亡くなると火葬するのですか?」

「え? あ、それは……」

砦にいる多くの人は、フラウレティアがドワーフのカジエ村から来たことを信じたままだ。

だからそう聞かれたのだと思ったが、実際は竜人と生きてきたフラウレティアは、ドワーフの埋葬方法など知らなかった。


口籠るフラウレティアを追及せず、エイムは更に声を落として言った。

「フラウレティアさん、他の人の前で、今のように言ってはいけません」

「え? どうしてですか?」

「フルデルデ王国では、原則土葬です。火葬されるのは犯罪者だけなんです」


険しい顔付きで言われた内容に、フラウレティアは目を見張った。





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