翼竜と少女 1
「入ってもいいかな?」
扉をノックしたのは、背の高い男性だった。
茶味の入った金色の短髪で、筋肉質な長い手足。
シンプルなシャツは泥汚れの後があり、腰には長剣を下げていた。
「どうぞ。今、少し話していたところですよ」
マーサが言う。
「ディード様だよ。アンタを昨日見つけて、ここまで連れて来て下さったんだ」
ディードと呼ばれた男性が部屋に入ってくると、マーサはフラウレティアの肩をポンポンと軽く叩いた。
「何か軽く食べる物を持って来るからね」
そう言って、ディードに会釈をして部屋を出て行った。
ディードはゆっくりとベットの側まで来ると、フラウレティアと目を合わせた。
瞬間、不自然に彼の身体が強張って見えた。
深い海色の瞳を軽く見開く。
何だろう?
フラウレティアは目を瞬いた。
すると、すぐにディードの瞳が柔らかく緩み、彼女に微笑みかけた。
「目が覚めたと聞いて、急いで来てしまった。私はこの砦の警備団の団長を務めている、ディードだ。少し話をしても構わないかな?」
フラウレティアはコクリと頷き、自分と翼竜の名を名乗る。
さっきのは気のせいだったのだろうかと思った。
部屋の入り口には、ディードと一緒に入って来た男性が控えていた。
こちらも、ディードと同じように剣士のような雰囲気で、腰に剣を下げていた。
暗めの銅色の髪が一筋顔の前に垂れ、腕を組んでこちらを静かに見ていた。
ディードは、部屋の隅に置いてあった丸椅子を、ベットの横に持ってきて腰掛けた。
目線が同じ位になる。
人間を今日初めて間近で見るフラウレティアには、ディードの年齢はよく分からない。
それでも、14歳の自分よりは随分年上に見える。
そんなを事を考えている内に、ディードは、昨日フラウレティアをここに運ぶまでの事を説明した。
「月光に翼竜の鱗が反射したのが見えたのだと思う。あの光がなければ気付かなかっただろう。君を守っていたのだろうな」
「アッシュ……、ありがとう」
フラウレティアはアッシュを抱き寄せた。
アッシュは優しく鼻先を擦り付ける。
ディードは、暫く彼女のその様子を見ていた。
明るい銅色の、軽くクセのある長い髪。
広い額に、くっきりした二重の大きな瞳。
利発そうな顔立ちだが、まだ幼さも残っている様にも見える。
小柄で細身だが、少女にしては筋張った腕をしている。
昨日抱き上げた感触も、少女と言うよりは少年の身体のようだった。
「ところで、フラウレティア。アッシュは……うわっ」
パシッとアッシュの尻尾がディードの膝を叩いた。
フンッと鼻を鳴らすと顔を背ける。
気安く呼ぶな、と言うように。
「アッシュ!……すみません」
「いや、いいんだ。……その、翼竜は昨日こちらの意図を理解しているようだったし、便宜上、君の従魔だという事にしてあるのだが。実際のところはどういう関係なのかな」
フラウレティアはアッシュと一度目を合わせ、ディードに向き直った。
「家族です」
「家族? 従魔ではなく?」
「はい。従魔契約はしていません。ただ、ずっと一緒に暮らしてきました」
想像もしていなかった答えだった。
あまりに驚いて、ディードはすぐに言葉を続けられなかった。
てっきり翼竜は、フラウレティアの従魔の類だと思っていた。
竜は目撃情報すらほぼ無い生き物だし、高い知能があるというが、やはり魔獣だ。
人間と共に暮らすなど聞いたこともない。
それともディードが知らないだけで、そういうこともあるということだろうか。
「君達は、何処から来たんだ? 何故あそこに倒れていた?」
ディードは、極力穏やかな口調で尋ねた。