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理不尽な要求

「よう」

屋上の手摺に凭れ、フラウレティアに気付いたギルティンが片手を上げる。


屋上に誰かいると思っていなかったフラウレティアは、一瞬そのまま部屋に帰ろうかと思ったが、気付かれて声を掛けられては、黙って戻るわけにはいかなくなった。

「……こんばんは」

言って、手摺の方へ近付いた。


今夜の空には、丸い月が冴え冴えと輝き、星も無数に瞬いていた。

南西の方角を見れば、遥か向こうには、月の光も吸い込んでしまうような魔の森の影が続く。

更に向こうに、ドルゴールが存在するのかと思うと、まだここに来て一月も経っていないのに、胸の奥が引かれるように切ない気持ちになった。

どんなに人間という同じ種族に囲まれて生活出来ても、やはり竜人達のいるあの場所が、フラウレティアにとっての故郷なのだ。




「嬢ちゃんさ、もう、家に帰った方がいいんじゃねぇの?」

「え?」

懐かしいような、帰りたいような気持ちが胸に込み上げたと同時に、少し離れたところに立つギルティンに言われて、フラウレティアは驚いてそちらを見た。

ギルティンは相変わらず、窺うような目をしてフラウレティアを見ている。

「帰りたそうな顔で、向こうを見てる」

ギルティンは魔の森の方に顎をしゃくった。

その方向は、ドルゴールのある方角で、フラウレティアが住んでいたと説明したドワーフの村カジエのある方角とは、ずれている。


偶然だろうか。

深い意味はなく、フラウレティアが見ていた方を示しただけだろうか。


「……ディード様から、何か聞いているんですか?」

フラウレティアは思わず尋ねた。

フラウレティアが真実を話した時、アイゼル副官とレンベーレは当然のように同席していた。

同様に、部隊長であるギルティンやナリスも、情報共有されているのだろうか。

人間同士の交わりがどの程度のものか、フラウレティアには予想もつかない。


「ドワーフの村に調査に行った奴が帰って来て、嬢ちゃんの主張通りだったっていうのは聞いたよ。……でも俺は、信じてない」

ギルティンの言葉に、フラウレティアは眉根を寄せる。

「酒と手仕事にしか興味のない、あの偏屈の塊のドワーフが、人間の子供を育てた? いやいや、有り得ねぇだろ。翼竜が従魔だっていうのも、俺には信じられないね。……だけど、ディード様がそうだと言うのなら、()()()()()()()()()()()ってことなのは分かる」

ギルティンは溜め息をついて、月光の下でも燃えるような赤毛の頭を振る。

「俺は頭が悪いから、難しい事は分からん。だから、嬢ちゃんがどういう者かとかは、何でもいい。だけど、嬢ちゃんがいると、何だかザワザワするんだ」

「ザワザワ?」

「そうだ。狩ってきた獲物に、一匹だけ魔獣が紛れ込んでたみたいにな」


似て非なるものが、知らぬ間に紛れ込んでいるように。

気付かない内は穏やかだが、気付いてしまえば、何処で紛れ込んだのか、なぜ気付かなかったのかと胸がザワザワとする。


明らかに異質な者だと言われて、フラウレティアはぐっと柵を握り締めた。

ギルティンは凭れていた柵から身体を離し、フラウレティアに向かって真っ直ぐに立つ。

「人間の生活を知りたいなら、別にフルデルデ王国じゃなく、ゴルタナ国へ行けばいいんじゃないのか。あっちの方が、翼竜連れにはまだ馴染みやすいだろうが」

ゴルタナ国は、大陸一、人間が異種族を受け入れている国だ。

種族ごとの集落もあるが、異種族混合で築かれた街も多いと聞く。

「……私は、ここにいない方がいいってことですか?」

フラウレティアは柵を握り、遠く魔の森へ視線をやったまま言った。

「出来れば俺はそうして欲しいね。ここでなければ駄目な理由なんてないんだろ?」

ギルティンは肩を竦めて言った。

今はあの細い肩に、脅しの効かせられる翼竜もいない。

これだけ言えば、身を引くことを考えるだろうと思った。



しかし、ギルティンの予想を裏切り、フラウレティアは固い声で強く言葉を発した。


「ギルティンさんは違ったんですか?」

「何?」

突然の問いかけの意味が分らず、ギルティンは怪訝そうな顔付きになる。

「ギルティンさんは、成人前の時分、自分の居るべき場所を知って生きていたんですか?」


フラウレティアがギルティンに向き直る。

未成人の少女だというのに、体格の大きなギルティンに少しも怯まず、下から睨み付けた。


「どうして自分がそこに生まれ、どうしてそこで生きているのか。それをあなたは知っていましたか? 私は知らない。これから先、何処でどうやって生きるべきなのかも。だから今、探してるんです。その為に、知ろうとしてるの! 人間を! この世界をっ!」

フラウレティアは堪らずに、湧き上がる気持ちをそのままぶつけた。

しかし、それ以上口を開くことが出来ず、ぎゅっと拳を握って唇を引き結ぶと、パッと踵を返して階下へ戻る階段に向けて走った。

「あっ……、おい!」

ギルティンは困惑して手を伸ばしかけたが、フラウレティアは風のように駆けて姿を消した。




「…………何なんだ」

呆然として、ギルティンは伸ばしかけて止まっていた手を戻す。

酷く後味の悪い思いが残って、赤毛の頭をガシガシと掻いた。

「あんまり掻くと、禿げるよ」

頭上から声がして、ギルティンは驚いて顔を上げる。

階下へ続く階段の上、身長よりも高い位置にある掲揚台から、ナリスが下を覗き込んでいた。

「お、お前、いつから聞いてたんだ」

「最初からよ。ここで星を見てたら、あなた達が勝手に話しだしたんだもの」

ナリスは肩を竦めてから、横に付いている梯子を伝って降りてきた。


「八つ当たりなんて、みっともないわよ」

「八つ当たりってなんだよ。俺はただ、得体の知れない子供をここから出したいだけだ」

再び手摺に凭れて、フンと鼻を鳴らすギルティンを、ナリスが呆れたように見遣る。

「最近の不穏な空気は、別にフラウレティアとアッシュが持って来た訳じゃないわよ」

ギルティンはあからさまに顔を顰めた。


フルデルデ王国は、ここ最近何処か張り詰めた空気だ。

女王が竜人族の血肉に固執していることが主原因のようにも思えるが、それだけではないようにも思える。

宮殿を含む中央が、戦前のような不穏な気配を漂わせているのだ。


「別にそんな訳ないのは分かってるさ。ただ、あいつ等が余計なもんを呼び寄せそうな、嫌な予感がするだけだ」

少女と翼竜。

そんな有り得ない組み合わせが、当たり前のように人間の生活に馴染もうとしている。

そのどうしょうもなく感じられる違和感が、ギルティンの胸をザワつかせ、排除せよと警告を鳴らすのだ。


「そうかな……。私には、翼竜さえいなければ、特別な娘には見えないんだけどね」

ナリスは言って、フラウレティアが去った階段を見つめた。





フラウレティアは階段を駆け下りて、部屋に戻る。

悔しいのか、悲しいのか、自分でもよく分からなかったが、多くの感情が頭の中をぐるぐると巡って、息が詰まりそうだった。


部屋まであと少しという所で、廊下の角を曲がった途端に、誰かとぶつかった。

「あっ」

ぶつかった相手よりもずっと小柄だったフラウレティアは、よろけてそのまま斜め後ろに倒れそうになった。

尻餅をつく寸前で、ぶつかった相手が彼女の腕を掴む。


「すまない、大丈夫か?」

フラウレティアを引き上げたのは、心配そうな顔をしたディードだった。






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