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アンバーク領の事故

フラウレティアは、部屋に戻りベッドに腰掛ける。

部屋に一つだけの椅子には、レンベーレが座った。

レンベーレが座って足を組むと、紺色のローブの合わせ目が開けて、ワンピースの裾と、そこから白い足首が覗く。

首を軽く傾げて、赤い唇に細い指を添えて微笑まれると、フラウレティアは何だか落ち着かなかった。




「フラウレティアは魔術素質があるのね」

レンベーレの磨かれた爪に見惚れたていたフラウレティアは、唐突に聞かれて目を瞬いた。

「あ、はい。極小の魔石に魔力充填できる程度ですけど」

腰掛け鞄の中に入っている魔術具に使う魔石は、いつも自分で魔力充填している。

魔術素質が低くて時間は掛かるが、自分で出来ると便利ではある。


「極小の魔石? 何に使うの?」

レンベーレが興味津々で前のめりに尋ねた。

「ええっと……」

腰掛け鞄の中身を見せるなとアッシュに言われているフラウレティアは、躊躇って視線を漂わせた。

無意識に鞄の口を押さえる。

「ああ、ごめん。魔術に関する事となると、ついあれこれ聞きたくなっちゃってね。言い難いならいいわよ」

レンベーレは顔の前でヒラヒラと手を振る。


フラウレティアはそんなレンベーレを見て、気に掛かっていたことを尋ねる。

「……レンベーレ様は、魔術や魔法に興味があるんですよね? それなのに、どうしてドルゴールの事を諦めてくれたんですか?」

「まあ、正直に言えば、諦めたって訳じゃないわよ。あなたやアッシュ君から教えてもらえなくても、これからもフルブレスカ魔法皇国については調べていくつもり。魔術士を名乗る者なら、誰でもそうだと思うわ」

失われた皇国の魔術や魔法の知識は、生涯を通して追いたい物だ。

「でも、私達は今に生きてるからね。他の魔術士はどうか知らないけど、私は昔の知識よりも、今生きてる人間の方が大事なの。だから、ディード様との約束を優先するわ」

レンベーレは赤い唇を軽く上げる。


フラウレティアは目を瞬いた。

『フラウレティアがどんな経歴を持っていても、それを公にしない』、そう約束したと言っていた、あれだろう。

レンベーレは、『ディード様も約束を守って下さいよ』と言っていた。


「ディード様は、代わりにどんな約束をなさったんですか?」

「ここの団長をアイゼルに任せて、領街に戻ることよ。ディード様が、アンバーク領の領主なのは知っているでしょう?」

レンベーレの問いかけに、フラウレティアは頷く。

「本当は(ここ)にいたいのは分かってるけど、代行ではどうにもならない事もあってね、一度戻って頂かないと……」

レンベーレは椅子の背もたれに体重を掛けて、一度息を吐いた。

「ディード様は領主様なのに、どうして警備団長をされているんですか?」

フラウレティアが素直に疑問をぶつけると、レンベーレは軽く笑んだ。

「元々、警備団長(こっち)が本来の肩書だったのよ。ディード様の兄君が領主を継がれる予定でね……」




ディードは、前領主の三男として生まれた。

三人の兄弟は仲が良く、十四年前、長男は既に次代の領主として認められ、領地運営はほぼ父親と共に行っていたし、次男はその領主補佐官として役目を果たしていた。

三男のディードは騎士として叙勲を受けていて、領地を外敵から守るため、砦の警備団長に就いて領の防衛を担っていた。


ちょうどその頃、フルデルデ王国とザクバラ国は、国境付近で新たに見つかった、魔石帯と呼ばれる高品質の魔石が多く発掘される地脈を巡り、険悪な状況になっていた。

場合によっては、武力衝突もあり得るかもしれないと、ザクバラ国との国境に面するアンバーク領では警戒を強めていた。


しかし、前触れもなくその日はやってきた。

ザクバラ国の兵士一団が武装をして国境を越え、迷うことなく郊外のアンバーク領主館を襲ったのだ。


「……きっと、フルデルデ王国(我が国)は平和ボケしてたのね。ザクバラ国が武力行使を決行したのは、こちらが想像していたよりもずっと性急だった」

レンベーレは、風を通すために空かされた窓から、暗い空を見やる。


魔竜の出現前から、フルデルデ王国はのどかで明るい気風だった。

魔竜の出現で、大陸は皇国を失うと共に甚大な被害を受けたが、魔竜が封じられるまでに暴れた地域は、大陸の中央から北西が中心で、南の端に位置するフルデルデ王国は、他国に比べて直接的な被害がとても少なかった。

それ故に、国の気風は芯の部分が変わらなかったのだ。


およそ建国の頃から、閉鎖的で武力解決を選びがちだったザクバラ国の動きを、フルデルデ王国が読み違えたのは当然だったのかもしれない。




「その時の()()で、アンバーク領主館の周辺は全壊して、領主一族と館にいた者達の殆どは亡くなったの。砦にいて生き残ったディード様が、繰り上がりで領主に収まったってわけ」

小さく肩を竦めて、レンベーレが話を括る。

赤褐色の編まれた髪が、重そうに一度揺れた。


フラウレティアは強く眉根を寄せる。

不意に襲ってきたのだとしても、領主館周辺が全壊して皆殺しなど、事故と表せるものではないのではないだろうか。

「ザクバラ国が急襲してきたのに、事故なんですか?」

レンベーレは軽く顔を顰めた。

「ああ、違うの。ザクバラ国の急襲はあったけど、あくまで牽制の粋だった。ただね、その時に、ザクバラ兵は誤って館にいたニンフを害してしまったのよ」

「ニンフ……」

フラウレティアは、ハルミアンから教わった知識を、頭の中で掘り起こす。



ニンフとは、この大陸では一番歴史の浅い種族だ。

線が細く、エルフのように美しい見た目で、不浄に弱い。

別名“大精霊”とも呼ばれ、世界を支える精霊達と心を通わせる。

ニンフがいる場所は精霊達の護りがあり、様々な恩恵を受けると言われている。


「ディード様の兄君は、ニンフと恋仲だったの。彼女が領主館に留まっているおかげで、アンバーク領は風の精霊の護りを受けていたわ」

レンベーレは遠い昔を懐かしむように目を細めた。


「……ねえ、フラウレティア、知ってる? ニンフって、精霊に愛されてるの。彼等が喜べば精霊も喜び、彼等が悲しめば精霊も共に悲しむ……。じゃあ、彼等の命が無惨に奪われたなら、精霊達はどうなると思う?」

フラウレティアの方に視線を向けたレンベーレが、やり切れないような微妙な笑みを見せる。

フラウレティアは質問の答えを想像して、顔を歪めた。



精霊達は、ニンフの不慮の死を嘆き悲しんだ。

彼等の嘆きは、波打つように広範囲に広がり、領主館を飲み込む。

己のバランスを崩し、狂った精霊達は、魔穴を生む。


「領主館は、あっという間に巨大な魔穴と化して、そこにいた人々を飲み込んでしまった」

レンベーレが淡々と語る内容に、フラウレティアは言葉なく、息を詰めた。

精霊によって偶発的に起こった事だから、“事故”なのだ。

しかし、それはあまりにも凄惨なものだ。



「……レンベーレ様、領主館の魔穴はどうなったんですか……?」

フラウレティアの固い問い掛けに、レンベーレの顔に残っていた薄い笑みが消えた。


「今もずっと、そのままよ」







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