表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/146

ヤキモチって 2

表情なくのっぺりとした顔面を晒していたアッシュが、僅かに鼻の上にシワを寄せ、小さくギチと牙を鳴らした。


反対に、アッシュを窺っていたディードは、思わず一瞬呆けてしまった。

「……君が案じていることは、フラウレティアのことだけか?」

「当たり前だ」

堂々と認めたアッシュに、ディードの頬が緩んだ。

ぷっとレンベーレが横で吹き出し、アイゼルも生暖かい視線をアッシュに向ける。


「なっ、何だ! 何がおかしい!?」

アッシュが勢い良く立ち上がる。

態度は焦っているのに、表情が殆ど動かないのが妙にアンバランスで、余計に笑いを誘った。

レンベーレが本気で笑い出したので、後ろからアイゼルが小突いた。

「何なんだ! お前らはっ!」

地団駄を踏むように、アッシュが片足を踏み鳴らした。


「……いや、すまない。アッシュ、君達は本当に家族なんだな」

ディードの言葉に、アッシュの眉が僅かに動く。



人間の世界から離れ、荒廃した土地に新たな竜人族の地を造り上げる。

いくら人間の遥か上を行く知識や魔力、魔法の力があるのだとしても、それは想像を絶する困難な試みだっただろう。

世界広しといえども、今の竜人族の平穏はドルゴールにしかない。

アッシュは竜人族で、今までそこで生きてきたのなら、ドルゴールがどれ程大切な場かよく分かっているはずだ。


それでも、そのドルゴールよりも、アッシュはフラウレティアが傷付くことを怖れている。



「フラウレティアが、大切なんだな?」


苛立ちをぐっと押し留め、アッシュは強い瞳でディードを見据えた。

「フラウは俺が掬い上げて、守り育てた命だ。大事に決まっている。……フラウはアンタを信じている。だから、アンタ達に裏切られ、傷付けられることは許せない」


ディードはそっとアッシュを観察する。

実はアッシュなりに虚勢を張っていたのだろうか。

さっきまで、見下すように“お前達”と言っていたのに、昨夜のように“アンタ”に戻っている。

その見た目に騙されていたが、竜人族はとてつもなく長く生きるというし、もしかしたら、アッシュは竜人族でいえばまだまだ幼いのかもしれない。


「……私は、フラウレティアの信頼を裏切るつもりも、傷付けるつもりはないよ」

ディードは慎重に言った。

しかし、アッシュは再び牙を鳴らす。

「信用出来ない」

「……あの肖像画が分かるか? あれは、私の最愛の妻と娘。私の家族だ」

ディードは執務机の上の、小さな肖像画を指差す。

「あの二人に誓う。私はフラウレティアの信頼を裏切らない。……家族(フラウレティア)を大切にする君なら、この誓いを信じてもらえるのではないかな」

ディードはアッシュと視線を合わせた。

いつの間にか、真剣な雰囲気に戻ったアイゼルとレンベーレも、アッシュの方を見る。


アッシュは机の上の肖像画を見つめ、暫く無表情のまま黙っていたが、唐突にソファーに腰を下ろす。

「…………分かった。その誓いを信じる」

ディード達は、安堵したような息を吐いた。




「それで? アンタ達は何が聞きたかったんだ?」

アッシュがソファーに凭れて聞いた。

尖らせた鱗が僅かに引っ掛かるのが気になったのか、身体の表面を覆う鱗が少し大人しくなった。

どうやら鱗は自在に動かせるらしい。


「さっき君が言っていた、我が国の兵達のことだ」

ディードは表情を引き締め、僅かに前のめりになる。

レンベーレが隣でゴクリと唾を飲む音が聞こえた。

「……ドルゴールに辿り着いていないのだとしたら、彼等は今、どうしているのだろうか」


答えの予想出来る質問を口にして、ディード達はアッシュを見つめた。






フラウレティアは別館二階の、医療用具を置く小部屋から出た。


フラウレティアがこの砦に来てから十日近く経ったが、壁外に魔獣が現れたことはない。

大掛かりな討伐がないので、今ベッドを使っている怪我人は、兵士が三人だけだ。

フラウレティアは、すっかり顔見知りになっている兵士に声を掛けてから医務室に戻ろうと思い、開け放たれている扉から中を覗いた。




「やあ、フラウレティア」

ベッドの上から聞こえた兵士の声に、窓枠を触っていたエナが、ビクリと体を震わせた。

急いで振り向けば、ベッドが四つ並ぶ部屋の入り口から、フラウレティアが入ってくるのが見えた。

その肩に翼竜はいない。


エナはディードから命じられ、午前は砦中の窓と扉の点検作業を手伝っていた。

緩んだネジを締め直す程度なら、エナや兵達にも出来る。

大きく修繕が必要な箇所は職人に来てもらうが、どこに修繕が必要か、前もって調べておかなくてはならない。


医務室関係者が出入りする別館二階を任された時、嫌な予感がしたのだ。 

しかしまさか、逃げ場がない場所で会うなんて、最悪だ。

「こんにちは。お加減どうですか?」

兵士達と話を始めたフラウレティアを見て、エナは急いで作業を進めようとした。

この部屋の窓は二つ。

一つは終わっているので、さっさともう一つを点検して部屋を出ようと思った。




「それ、処置できますよ」

「わぁ!」

点検した窓がガタガタと鳴るので、エナが修繕が必要な箇所のリストにチェックを入れていると、いつの間にか側に来ていたフラウレティアが手元を覗き込んで言った。

「驚かせてごめんなさい」

驚いてペンを落としたエナにペコンと謝って、フラウレティアはペンを拾って差し出した。

「……どうも」

兵士達が注目している手前、邪険にするわけにも逃げ出すわけにもいかず、エナは僅かに引き攣ってペンを受け取った。


「薄い木片、持ってないですか?」

「え、木片? いや、そんな物持ってない」

突然訳の分からない質問をされて、荷物を抱えようとしていたエナは怪訝そうに答えた。

「うーん、何かなかったかな……」

フラウレティアは薄い腰掛け鞄の口を大きく開け、中を覗き込む。

見たことがないような道具がチラッと見えて、エナは細い目を瞬いた。


「これでもいいかな」

フラウレティアは、鞄の中に残っていた焚き付け用の小枝と、使い込まれたナイフを出した。

一体何をするのかと、松葉杖をついた兵士と、近くのベッドに横になっていた兵士二人が近付く。

囲まれた形になって、エナはここから去り辛くなってしまった。


フラウレティアはササッと小枝を薄く削ると、削った木片を窓ガラスと木枠の間に差し込み、ナイフの柄でコンコンと落とし込む。

はみ出している木片を簡単に切り落としてくるりとナイフを収めると、窓枠を両手で持って音がしなくなったことを確認した。

「ガラスの嵌っている木枠に、経年劣化で隙間が空いてたんでしょうね。ガラスを強く圧迫しない程度に隙間を塞げば大丈夫です」

振り返って微笑むフラウレティアに、兵士達は拍手する。


エナが黙って固まっているのを見て、フラウレティアは、急いで笑顔を引っ込めた。

「すっ、すみません、余計な事でしたか?」

「……いや、驚いただけで………………ありがとう」

またエナに拒絶されるかと構えていたフラウレティアは、エナが仕方なく言ったお礼の言葉に、パッと顔を輝かせた。

「良かった!」

両手を合わせて、心底嬉しそうに笑う。


その笑顔に、エナは思わず息を呑んだ。


肩に翼竜がいないと、瞳を輝かせて嬉しそうに笑うフラウレティアは、どこもおかしなところはない。

ディードの言った通り、普通の少女に思える。

それどころかこの砦で、いや、アンバーク領で生活している時でも、こんなに愛らしい笑顔は見たことがないような気がした。




「あれあれ〜? エナ、どうした〜?」

兵士の一人がエナを肘で突いた。

フラウレティアのことを気味が悪いと思っていたのに、何故か自然と頬に血が上っていたらしい。


何でもない、そう言おうと口を開きかけた途端、入り口から突風のように何かが突っ込んできた。


皆が驚いて怯んだ瞬間、突風の正体の翼竜が、フラウレティアの頭に止まって翼を大きく広げた。

グアウゥッ!と牙を剥いた顔を正面から寄せられ、エナはその場に尻餅をついた。

「アッシュ! だめっ!」

フラウレティアがアッシュの身体を掴んで、頭上から引き下ろす。



アッシュは深紅の瞳をギラつかせ、引き下ろされながらもエナを睨み付けていた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ