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拾われた赤ん坊 1

臙脂色の鳥は、僅かに首を下げて、ディードを上目に見た。

「……どうしてそう思うんです?」

「彼女は、一般的には考えられない高さの運動能力を持っているし、それから……」

ディードは一度言葉を切った。


「以前、フラウレティアの瞳の色が、アッシュのような深紅に見えたことがあるので」


アイゼルとレンベーレも聞いていなかったらしく、驚きを滲ませる。

ディードはゆっくりとソファーに腰を下ろした。

「人間に赤味がかった目の色の者は多くいても、深紅はいない。血の色の瞳は魔獣の証。……フラウレティアが生粋の人間であるのなら、もしや、竜人の血肉を口にしたのではないと思ったのだが、どうなのだろうか」

鳥は、ディードを上目に見たまま嘴を開く。

「もしも、フラウレティアが竜人の血肉を食らったのだと言ったら、貴方はどうするんです?」


「どうもしない。ただの確認だ」

ディードは躊躇うことなく言い切る。

その深い海色の瞳には、何の思惑も混じっていないように見える。

「竜人の血肉を得ることで、特別な能力を得ることが出来るという話が、ただのお伽噺なのか、それとも本当の話なのか。それを知ることが出来るかと思って尋ねているだけだ」

「確認出来たら、女王陛下に報告を?」


鳥の言葉に、一瞬執務室の空気がピリと張った。

「……ドルゴールのことを口外しないと約束したのに、確認出来たなどと、どう報告出来るだろうか」

ディードは深く息を吐く。

「寧ろ我々は、女王陛下の暴挙を止めたいと考えている。特別な力を欲しても、それが良い結果に繋がるとは限らない」

「竜人の血にまつわる俗伝をご存知なんですね?」

鳥の問い掛けに、ディードは頷く。


フルブレスカ魔法皇国の存在した時代、竜人の血を得た人間が、多くの能力を手にしたが、その後破滅への道を辿ったという俗伝がある。

魔竜の出現で皇国の記録は全て失われているし、俗伝の元となったと噂されているのはザクバラ国だが、同国はその内容を否定しているので、真偽の程は分からない。


「戒めるべき事がないのなら、このような形で俗伝が残るだろうか。私は、全てではなくても真実が含まれて残っているのだと考えている。……この世界には、人間の手に余るものが多く存在するから……」

ディードは眉根を寄せて、独白のように言った。




鳥は全身をぷるると震わせて、満足気に頷いた。


「結論から言えば、フラウレティアは“竜人の血肉”を口にしてはいません」

三人が、安堵したような息を吐いたが、鳥は続ける。

「しかし、赤ん坊の頃に、いわゆる竜人の“乳”を口にしました」

レンベーレが目を見張って赤い唇を押さえた。

「……それは、“血肉”として受け取っても良いのでは……」

人間の母乳は、母親の血液から作られると言われている。


「それがねぇ、ドルゴールの者達(ぼくたち)にも何とも言えないんですよ。竜人の“乳”は、いわゆる母乳とは違うんです」

鳥は可愛らしく円な瞳を瞬いて、困ったように首を傾けた。






フラウレティアは、翼竜の姿になったアッシュを肩に乗せて、部屋に戻った。

扉を閉めて静音の魔法を掛けるなり、人形(ひとがた)に変態しようとしたアッシュを、ムギュと両腕で抱きしめる。


〘 フラウ、変われないだろっ 〙

「あ、ごめん、嬉しくって」

へへと笑って、フラウレティアは腕を緩める。

アッシュはバサリと一度羽ばたいてベッドに降り、ぐずりと輪郭を崩して人形(ひとがた)を現す。

そして、言われる前に薄い掛け布団を腰に巻いた。

「……どうしていつも()を着ないの?」

不満気に言ったフラウレティアに、アッシュはフンと鼻を鳴らす。

「鱗があったら、触った時に痛いだろ」

誰が触った時に痛がるのか。

アッシュの優しさを感じて、フラウレティアは思わずベッドに飛び乗って抱きついた。

「お、おい、フラウ!」

「だって、それって抱きついてもいいってことでしょ?」

ディード達三人だけではあるが、本当のことを話せ、理解してもらえて、フラウレティアの気持ちは浮き立っていた。

アッシュは僅かに眉を動かしたが、そのまま大きな手で、ポンポンとフラウレティアの頭を優しく叩いた。



「なあ、フラウ。嘘を突き通そうとしたのは、俺の為だったって、本当か?」

頭上から小さく問われて、フラウレティアはアッシュを見上げる。

「もし本当の事を話して、アッシュが傷付けられたら嫌だったんだもの。……だって、フルデルデ王国の人達は、竜人の……血肉が欲しくて兵を送ってるでしょう?」

口にするだけで辛くなって、フラウレティアはアッシュを抱きしめる腕に力を込める。


「…………うん」

フラウレティアは、翼竜のアッシュと同じ感覚で抱きしめているのだろうが、アッシュは何だか落ち着かなかった。


ドルゴールにいた時は、アッシュがフラウレティアを撫でてやることが常だった。

身体の大きさは、アッシュが優に二まわりは大きいし、竜人の中にいれば、フラウレティアは虚弱な異種族だ。

完全に擁護される対象になる。

しかし、この砦にきて人間の中に入り、常に小さな翼竜のアッシュを連れている内に、彼女は自分がアッシュを守らなければいけないという気になっているのかもしれない。


「ごめんな……」

「ううん。アッシュは少しも悪くないよ」

そう言いながら少しも離れないフラウレティアに、アッシュは胸の内の懸念を口に出せなくなった。


フラウレティアは、『いつかはアンバーク領の中も見てみたい』と言った。

この砦を出て領内に行くなら、おそらく翼竜(魔獣)のアッシュは付いて行くことを許されないだろう。

そうなれば離れなければならない。

いや、領内に行かなくても、人間社会で生きることに決めれば、それはアッシュ達竜人との別れを意味する。

フラウレティアは、それを分かっているのだろうか。


アッシュは牙を鳴らしそうになって、寸前で堪えた。

せっかくフラウレティアは今、本当のことを話せて喜んでいるのだ。

その気持ちに水を差したくない。

何よりアッシュ自身が、フラウレティアと分かれることになるかもしれないなどと口にしたくなかった。




アッシュは、自分に抱きついたままのフラウレティアの身体を、壊さないようにそっと抱きしめる。

そして、その大きさと弾力に、思わず息を呑んだ。


始めてフラウレティアを抱いた時は、この両手に乗る程の大きさだった。

魔の森で見つけた小さな小さなフラウレティア(いのち)

今にも崩れてしまいそうにぐにゃぐにゃだったのに、一体いつの間にこんなに大きくしっかりした身体になったのだろう。




人間の成長はとても早い。

そして、あっという間に老いて死んでいくのだ。

それに今改めて思い至り、アッシュはゴクリと喉を鳴らした。






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