ドルゴールの真実
大陸最南端のドルゴールは、荒廃した土地だ。
ゴルタナ国とフルデルデ王国との間にある、魔の森から荒野に続き、そこから更に南下すれば、急勾配の岩山だらけの土地が広がる。
その一帯は常に精霊が荒れていて、魔穴の発生と消滅を繰り返す為、人間はおいそれと近寄ることのできない場所だ。
フルブレスカ魔法皇国で生き残った竜人達が、魔の森から南下して逃げ延びたことは、各種記録にも残っているし、様々な言い伝えもある。
それでも竜人族の存在が、今現在は曖昧にされているのは、ドルゴールの奥地へ人間が足を踏み入れられたことがないからだった。
しかし今も、竜人達は確かにドルゴールで生きていた。
他の生き物が入り込めない奥地を開拓し、多くの建物が立ち並び、家畜や騎獣代わりの魔獣が飼われ、田畑も少なからず維持されているという。
それは、高い知識と能力、何よりも強大な魔力と魔法の力を持つ竜人族だから成せた事だ。
そして、竜人族をドルゴールへ逃した一部のエルフ達の協力や、異種族間の交わりを是とする、隣接したゴルタナ国の流儀も後押しになった。
そうして、長い年月で伝説の存在となっていた竜人族は、ドルゴールという地で、“小さな国”と形容できる程の規模での集落を築き上げていたのだった。
「……これが、隠していたこと全部です」
フラウレティアは生い立ちと、成人までにどう生きるか決めなければならない事、ドルゴールの竜人達の生活を話し終え、目の前で膝をつくディードから目線を外して、隣に座るアッシュを見上げた。
アッシュは、大きな手でフラウレティアの頭をそっと撫でる。
アッシュの姿は、確かに人間にとっては異形の姿だが、濃い灰色の固い爪で彼女を傷を付けないように手を動かす様子は、人間が大切な人に向ける親愛の情と変わらなかった。
フラウレティア自身の口から語られた、その信じ難い内容に、ディード達は言葉がない。
竜人族はドルゴールでまだ生きていて、フラウレティアはそこに住んでいるのではないかという推測はしていた。
しかし、実際に竜人族があの地でどのように生きていて、彼女がどのように生活を共にしてきたのかを聞くと、驚くことばかりだった。
「まさか、ドルゴールがそんなことになってるなんて……」
最初に口を開いたのはレンベーレだ。
目を大きく開いて輝かせ、抑えられない興奮に両手を握りしめている。
「これはもしかしたら、失われたと思われていた、フルブレスカ魔法皇国の多くの知識や技術が、世界に甦る足掛かりになるんじゃないの!?」
レンベーレの熱の籠もる声を聞いて、フラウレティアは背筋に冷たいものが走った。
竜人達の静かな生活を壊したくないのに、自分がドルゴールのことを話したせいで、竜人の血肉を欲する以上に、人間は竜人族の知識と技術を欲しがることになるのではないだろうか。
しかし、レンベーレの興奮した声を遮ったのはディードの静かな声だった。
「レンベーレ、協力を要請した時の約束を忘れていないだろうな?」
「あ……、う……でも」
「“フラウレティアがどんな経歴を持っていても、それを公にしない”。そう約束したな」
レンベーレはぎゅっと顔を顰めたが、はあと息を吐いて頷いた。
「……約束しました。ちゃんと守りますから、ディード様も約束を守って下さいよ」
「分かっている」
フラウレティアは、目の前のディードを驚いて見つめていた。
“フラウレティアがどんな経歴を持っていても、それを公にしない”
そんな約束をさせていたなんて。
フラウレティアの視線を感じて、ディードは薄く笑む。
「心配しなくていい。君やアッシュが望まないなら、ドルゴールの事を私達は口外しない」
フラウレティアは疑問を口にする。
「……どうしてディード様は、そんなに良くして下さるんですか?」
「どうしてかな。放っておけないんだ。君が砦に来たのは、何か意味があるんじゃないかって思えてね」
「意味……?」
説明しながら、ディード自身も不思議な気がした。
自分には、フラウレティアに対して、それ程親身になってやる理由はない。
無理矢理ひねり出すならば、娘が生きていたらフラウレティアと同じ位の歳だったという程度だ。
それなのに、なぜか放り出せない。
領主だから、危険な魔獣を連れている人間を領内に入れられないという、管理の問題でもない。
「上手く言えないが……。ただ、君が生きる所を選ぶ手助けをしたい。君が期限を切られた16歳まで、まだ一年ある。フラウレティア、君はこれからどうしたい? アンバーク領に入って、もっと人間に交じってみたいと思うかい?」
フラウレティアは逡巡した。
確かに、人間の世界をもっと知りたいと思う。
その為には、砦を見るだけでは不十分だということも分かる。
しかし……。
「……いつかはアンバーク領の中も見てみたいです。でも……、でも今は、もう少しこの砦にいたいです」
医務室での時間も、厨房での時間も、今のフラウレティアには堪らなく楽しい時間だ。
自分と同じ人間という種族が、自分のことを当たり前に同等に扱ってくれる。
自分の中に生まれた、この温かでくすぐったいような気持ちを、もう少し感じていたい。
彼等に交じって、もう少し暮らしてみたかった。
ディードは頷く。
「そうか。それなら、まだ暫くはここでグレーン薬師を手伝って、これからのことをゆっくり考えるといい」
フラウレティアはパッと顔を輝かせて、すぐにアッシュを見上げた。
「アッシュ……」
アッシュはずっと撫でていた手を、フラウレティアの頭から下ろして、無表情で溜め息をつく。
「フラウがそう決めたのなら、それでいい。……アンタ達が黙っててくれるんなら、ここでは翼竜のふりをしている」
アッシュの視線を受けてディードは頷き、後ろの二人を肩越しに振り返る。
「アイゼル、レンベーレ、良いな?」
「……ディード様がお決めになったのなら、従います」
「はぁーい」
二人共やや不本意ではあるようだったが、ディードの決定に異議を唱えるつもりはないようだった。
ディードは、机の上で事の成り行きを見守っていた臙脂色の鳥を見た。
「ハルミアン殿。暫くはこのまま様子を見る方向で良いだろうか?」
鳥は満足気に頷いて、羽を震わせる。
「ええ。ご厚意に感謝します、ディード卿。フラウレティア、人間世界をよーく見て、考えるんだよ」
「はい!」
多くの懸念が取り払われて、ようやく輝く笑みを見せたフラウレティアが、元気よく返事をした。
フラウレティアとアッシュが執務室から出て、ディードはようやく張っていた気を緩めた。
フラウレティアの手前、出来る限り平常に振る舞ったつもりだが、やはりアッシュの人形を目の前にしては、全くの緊張なしにとはならなかった。
アイゼルも、そしてレンベーレも、別々の思いがあっても、それぞれが安堵したような息を吐いていた。
落ち着いたところで、ディードはソファーの前の机で尾羽根を羽繕いしていた、ハルミアンの使い魔を見て声を掛ける。
「ハルミアン殿、少しお聞きしたいことがあるのだが、構わないだろうか」
話が終わってすぐに姿を消さないということは、まだ話をするつもりがあるのだろう。
予想通り、鳥は臙脂色の羽をぷるると震わせ、ディードに向き直った。
「ええ。そう思って残っていました」
促すように円な瞳を瞬いた鳥に、ディードは一度呼吸をしてから尋ねる。
「フラウレティアは、竜人の血肉を口にしたのだろうか?」




