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腰掛け鞄の中身

フラウレティアは与えられている部屋に戻ると、すぐにアッシュに向き合った。

「どうして止めたの?」


フラウレティアの左肩から、バサリと一度羽ばたいてベッドの上に降りたアッシュは、ぶるりと身体を震わせた。

同時にその身がぐずりと崩れて、人の形になる。

アッシュは変態が落ち着くと、筋肉質な長い足であぐらをかいて、厚い爪で白い頬を掻く。


「フラウの鞄に入っている物は、人間には見せない方がいいと思って」

「どうして?」

フラウレティアは腰掛け鞄の金具を外して、ベッドの端に腰掛けると、薄い掛け布団をアッシュに押し付けた。

素直に受け取って腰に巻きながら、アッシュは言う。

「人間が目にしたことがないような道具が入ってる」


フラウレティアは首を傾げた。

鞄の中に入っているのは、主に狩りや野営の時に使う道具や、小型の魔術具だ。

魔石を使って動かす生活魔術具は、人間の世界でもたいして珍しい物ではないと教わっている。

現に、この砦で生活し始めてからも、魔術ランプや送風の魔術具など、多くの生活魔術具を目にしてきた。


「そんな珍しい物、あった?」

フラウレティアは薄い鞄の口を大きく開いて覗き込む。

小物を仕舞いやすいように仕切られた中に、きれいに並べられた道具が並ぶ。

どれも長年使っていて、色褪せたり傷付いたりしているが、大事に使ってきた物ばかりだ。


アッシュは軽く息を吐いた。

「分かってないな。こんな小さな魔術ランプは、きっと人間の世界にはない」

アッシュが濃い灰色の大きな爪で、鞄の中から器用に魔術ランプを取り出した。

彼の手に乗れば、それは太い親指一本分の大きさだ。



魔術具の動力はもちろん魔力だ。

魔石を嵌め込んだり、直接魔力を充填して使用する。

大きな魔術具を動かすには、それに比例して大きな魔力が要るので、質の良い大きな魔石が必要だ。

小さな魔術具には小さな魔石しか使えないので、必然的に使用出来る時間も短くなりがちだった。

しかし、フラウレティアの持ってる魔術ランプは、小指の爪ほどの魔石を入れれば、焚き火をして照らされる程度の明るさを、二晩は十分に保てる。

「フラウの持ってる魔術具は、どれもハルミアン(エルフ)が手を加えてるんだ。……特別なんだよ」



フラウレティアの師匠は、老年のエルフ、ハルミアンだ。

数百年前、フルブレスカ魔法皇国が滅びた後、人間に迫害されていた竜人族の生き残りを、ドルゴールに逃したエルフの一人だという。

そして、そのままドルゴールに居着いているのだとか。

アッシュ曰く、“相当な変わり者のエルフ”らしいが、フラウレティアはハルミアン以外のエルフを何度かしか目にしたことがないので、どの程度変わり者なのかは分からない。



エルフや竜人は、その魔力の使い方一つとっても、人間とは全く違う。


エルフや竜人族の使う“魔法”は、人間の“魔術”とは似て非なるものだ。

魔術素質のある人間が、己の内包魔力で発現する魔術と違い、エルフや竜人は、精霊を魔力として使用する魔法を操る。

彼等は生まれた時から精霊を正しく感知し、当たり前に魔力を動かすのだ。




フラウレティアは目を瞬いて、改めて鞄の中を見た。


腰掛けの鞄にしては大きいが、平たい鞄の容量はそれほど大きくない。

そこに色々な物を入れられるようにしたくて、よく使用する魔術具を小さく出来ないかと、随分前に師匠(ハルミアン)に相談した。

ハルミアンが意外と楽しそうに試行錯誤していたので、それがすごいことなのだと思わなかったが、人間の生み出した魔術具に、魔法の知識を応用して改造したこの魔術具達は、魔術に精通した人間からすれば、物凄く価値の高い物なのかもしれない。


フラウレティアはゴクリと唾を飲んで、鞄を閉じた。

「……私って、やっぱり色々分かってないんだね」

知識として頭に入っていることは沢山あると思っていたが、ここで人間に交わって暮らしてみれば、知らないことだらけだ。

知っていると思っていたことさえ、やってみれば全く違ったりして、驚いてばかりいる。


姿形は、竜人よりも確かに人間と似ているし、人間の中に入れば意外とすぐに馴染めるのではないかと思っていた。

しかし、やはり思ったよりも難しい。

自分がまるで、人間になりそこなった生き物のような気がしてきて、フラウレティアは溜め息をついた。




落ち込んだように肩を落としたフラウレティアを、アッシュは覗き込む。

そして大きな爪の付いた手で、彼女の頭をそっと撫でた。

「……なあ、フラウ。もう帰らないか?」

「え?」

「ドルゴールにさ、帰ろう」


フラウレティアの顔を覗き込む瞳は、力強い血の色のはずなのに、今は不安気に揺れて見えた。


「アッシュ?」

「……俺さ、フラウが泣くのは見たくない」

「泣く? 私が?」

思わぬ言葉に、フラウレティアの声が高くなった。

「どうして? 私、泣きそうになんてなってないよ」


ずっと小さな頃から、自分は竜人族の中で異質な存在(人間)だと十分教えられてきたし、好意で育てられたのだから感謝しなければならないと理解している。

実際成長するにつれ、人間とは違っても、アッシュやハドシュ、ハルミアン達から多くのものを与えられてきたことも感じている。

泣きたくなったことなんて、ここ数年間ない。


アッシュは無表情のままで、ほんの僅かに眉を動かした。

たったそれだけで、フラウレティアにはアッシュが何かを心配しているのだと分かった。

「私、大丈夫だよ、アッシュ。泣くようなこと、何もないもの。親切にしてくれる人もいるし」

掛け布団の上にあるアッシュの手を両手で握り、フラウレティアは笑って見せる。

「まだまだ、人間について知り始めたばかりだもの。まだ、ここにいたい」




アッシュは何か言いたげに口を僅かに動かしたが、次の瞬間、勢い良く立ち上がったと思うと、瞬時にぐずりと身体の輪郭を崩した。

跳ね上がった掛け布団が床に落ちる前に、翼竜に変態したアッシュは入口に飛び、部屋の扉に前足の爪を引っ掛けて素早く引く。


扉は、いつの間にか薄く隙間が開いていたらしい。


アッシュの爪に引かれた扉が、勢い良く内側に開き、廊下で扉に貼り付いていた女が、バランスを崩して倒れ込んだ。

その上にアッシュが乗り上げ、肩目掛けて牙を剝いた。



「待てっ!」

「アッシュ駄目!!」


ディードとフラウレティアが制止の声を上げたのは、同時だった。






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