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普通じゃない

「これ、美味しいのかな?」

ギルティンから貰った、夕焼け色の柑橘を鼻先にやり、クンクンと匂いを嗅いでフラウレティアは微笑む。


ギルティンには、初対面からアッシュに刃を向けられた。

おかげで良い印象ではなかったけれど、最初の兵士達と同じで、アッシュに驚いていただけかもしれない。

「ナリスさんとも仲良さそうだし、あの人も悪い人じゃないのかも」

楽観的意見のフラウレティアを、アッシュは山鳥を咥えたまま横目で見て、フンと小さく鼻を鳴らした。





フラウレティアとアッシュが、厨房の裏口を開ける。

昼の一番混む頃を過ぎたところだが、厨房の中では皆が忙しそうに立ち働いていて、熱気が漂っていた。

煮炊きする温かな湯気、口内に涎が湧き出そうな、肉の焼ける香ばしい香り。

この数日ですっかり馴染んだ雰囲気に、思わず笑みが溢れる。



「フラウレティア、何だいそれ」

近くで野菜を刻んでいた料理人の一人が、フラウレティア達に気付いて、アッシュが咥えていた山鳥を指した。

「さっき狩ったんです。厨房で使って貰えるかなって」

フラウレティアが説明すると、アッシュがフンと鳥を突き出す。

「狩った? 何処で?」


料理人の驚いた声に、厨房にいた皆が振り向いた。

その中に、ヒョロリと背の高い、乾いた藁のような髪の青年がいた。

マーサから丁度、料理の乗った盆を受け取った彼は、ディードの従僕のエナだ。

エナはフラウレティアと目が合うと、ぎこちなく目線を逸した。

「ありがとう」

マーサに素っ気なく言って、盆の上に布を掛けると、逃げるように踵を返す。


「あ、待って……。これ、使って下さい!」

フラウレティアは、アッシュが咥えていた山鳥を料理人に押し付けると、厨房を横切ってエナを追った。




「エナさん!」

関わりたくなくて急いで出て来たのに、エナは食堂から廊下に出たところでフラウレティアに追い付かれた。

「……何?」

忙しいのだと主張するように、エナは一瞬視線を向けただけで足を止めない。

「あの、この間、せっかく呼びに来てもらったのに、急に飛び出してしまったから謝りたくて……」

階段の窓から飛び出した時のことだ。

あれからエナに会う機会がなかったので、謝っていなかった。


不意にエナが足を止めた。

話をしてくれるのだと思ったフラウレティアに頭上から向けられたのは、気味の悪い物を見るような視線だった。

「……お前さ、何なの?」

「……え?」

フラウレティアは質問の意味が分からず、小さく首を傾げた。


少女の仕草と、曇りのない明るい銅色の瞳は、一見素朴で可愛らしくも見える。

しかし、その少女の肩で、隙なくこちらを窺う翼竜は、どうあっても異形の魔獣だ。

血の色の瞳は、すぐにでもこちらに喰らいついて来そうな、獰猛な色を滲ませているように思える。

それを当たり前に連れている少女が恐ろしく、エナは無意識に一歩離れた。



「…………お前、普通じゃない」



固い声で発せられた言葉に、フラウレティアは思わずぽかんと口を開けた。

そのまま、何も言えずにエナを見上げる。

肩でアッシュが小さく唸って、エナはびくりと身体を震わせる。

盆の上のスープが溢れたのか、上に掛けた布にじわりとシミが広がって、エナは小さく舌打ちすると再び早足で歩き出した。



すり抜けるように横を通り過ぎたエナを、フラウレティアは追い掛けることが出来なかった。

突き放すように発せられた言葉が、フラウレティアの頭でこだまする。


『普通じゃない』


フラウレティアは立ち尽くしたまま、何度も大きな目を瞬いた。


昼の鐘半を知らせる、短く高い音がして、顔を上げる。

「……戻らなくちゃ」

エナが歩いて行った反対側へ廊下を進み、大きく開かれた扉から外に出る。

右手に見える厨房の裏口辺りで、料理人が山鳥を手に、兵士と話しているのが見えた。


兵士がフラウレティアに気付いた。

彼は、さっきまで日除け布を一緒に張っていた兵士で、フラウレティアとあれこれ話をして笑ってくれていた。

それなのに今は、目が合ってフラウレティアが手を振ると、微妙な表情で軽く手を上げただけだった。



フラウレティアは、少し離れた医務室の建物へ向う。

両開きに開け放たれている扉から、垂らされた白い布を捲ってエイムが出て来た。

「あ、フラウレティアさん。回診に出てくるので、中をお願いしますね」

早足で出て行くエイムに軽く返事をして、フラウレティアはその後ろ姿を見て思い出す。


そういえば以前エイムは、フラウレティアの足の治りが早すぎるのではないかと、不思議そうにしていた。

グレーン薬師は、フラウレティアに何もおかしなところはないと言ってくれたが、自分はやはり何か変なのだろうか。

フラウレティアは、何だか胸がモヤモヤした。





「今日の嬢ちゃんは元気がなかったのう」


夕の鐘が鳴って暫くして、グレーンが薬剤の入った瓶の蓋を閉めながら言った。

今日は全体的に患者が少くて、片付けも早めに終わりそうだった。


グレーンは椅子に座ったまま、白く濁った瞳を瞬いて、窺うように見る。

「何かあったかの?」

その心配を含む優しい声掛けに、フラウレティアは胸に残ったままのモヤモヤを吐き出す。

「……薬師様、私って何か変ですか?」

「変、とは?」

「実は……」

フラウレティアは、エナとのやり取りを話した。



「私って、“普通”じゃないんでしょうか」

グレーンはフラウレティアの方を向いたまま、何度か目を瞬いた。

「ふむ。“普通”をどう捉えるかで、答えは変わるのう。人間の中で育ってこなかったという点においては、嬢ちゃんは人間の世界では普通ではないな」

話しながら、グレーンが軽く咳き込む。

フラウレティアはすぐに側に寄って、丸まった小さな背を擦る。

「翼竜を連れているのも、ありきたりのことではないから普通ではない。……じゃが、見方を変えれば、普通でない者など大勢おるよ」

「本当ですか?」


驚いたように目を丸くしているフラウレティアに、グレーンは隣の薬剤室から出て来たエイムを指差して見せる。

「あれなんぞ、貴族の跡取りとして生まれたのに、こんな所で薬師をしておる」

「『あれ』って呼ばないで下さいよっ」

エイムが顔を顰めた。

「この砦を仕切っておるディード様とて、本来なら領主様じゃ」

「領主様? アンバーク領で一番偉い人ですか?」

「まあ、権限的にはそういうことだな。理由あって、今は親族に領主代行を任せておいでだがの。しかし、領主が砦で警備団長などと、普通ではないように思えるじゃろ?」

フラウレティアはコクリと頷く。

不意にグレーンは、フラウレティアの肩に大人しく止まっているアッシュの背に手を伸ばす。

アッシュは身体を固くしたが、グレーンを訝しむような目で見るだけで、動かなかった。

「ほっ。こうして、翼竜の背を撫でることの出来た儂も、普通ではないかもしれんぞ?」

不満そうに小さくアッシュが鼻を鳴らしたので、フラウレティアはくすりと笑った。




「のう、フラウレティア。見る人によっても、見方によっても“普通”の定義なんぞは変わるものじゃよ」


グレーンは背中を擦っていたフラウレティアの手を取り、骨の浮いた固い手でポンポンと優しく叩いた。

「少なくとも、こうして他人を気遣うことが出来る嬢ちゃんは、儂にとっては優しい普通の娘じゃな」

グレーンがモサモサと髭を揺らして笑う。

薬剤を置いたエイムも、側で笑って頷く。

「……はい。ありがとうございます」

フラウレティアは頷いた。



元気が出たか?というように、アッシュが顔を覗き込むので、フラウレティアはふふっと笑って、頬を擦り付けた。







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