狩りの方法
火の季節の前期月に入って、まだ二日目だというのに、今日はやけに暑い。
演習場の端に、訓練用具を管理する為の小屋がある。
その側にはベンチが並んでいて、用具の手入れをしたり休憩に使われる。
今日はあまりに日差しが強いので、数日後に張る予定だった日除け布を、前倒ししてベンチの上に張る作業をしていた。
「フラウレティア、また手伝ってるの?」
昼休憩を終えて戻って来た第二部隊長のナリスが、呆れ混じりに笑って言った。
フラウレティアが若い兵士に交じって、支柱に括り付ける紐を扱いて整えているのだ。
「今日は医務室が平和で、長めに休憩していいって言われたんです」
フラウレティアが笑って答えた。
午前の患者が少なかったらしく、今は余裕があるらしい。
フラウレティアが人間社会を学びたい事を知っているグレーン薬師は、彼女が医務室で働きつつも、出来るだけ医務室以外で過ごせるように配慮しているようだった。
後ろで一本に編んだ銅色の髪を揺らして、フラウレティアはアッシュが端を引っ張ってきた日除け布のを受け取る。
布のハトメ金具にささっと紐を通すと、支柱に括り付け始めた。
日除け布は、風で緩まないように、特別な括り方で留める。
ナリスがフラウレティアを止めようとしたが、彼女はその括り方を知っていたようで、当たり前に手早く終えてしまった。
ナリスは、鳶色の瞳を丸くしてフラウレティアを眺める。
医務室で薬師の助手のような仕事をするのは、専門の知識が多少あるようだったし、厨房での手伝いは、このくらいの女の子なら、家事手伝いの経験があればそれなりに出来るだろう。
しかし、兵士に交じってあれこれ手伝うとなると、勝手が違う。
それなのに、この前は防具の手入れを手伝い、今日はこれだ。
彼女は、一体どんな風に育ってきたのだろうか。
「ナリスさん?」
黙って見ているナリスに、フラウレティアは首を傾げた。
アッシュが左肩に止まって翼を畳む。
「……ああ、ごめん。上手だなって思って」
急いで笑みを作ったナリスが言うと、フラウレティアは頷く。
「野営の時に、日除け布はよく張るので」
「ああ、狩りをするんだったね」
「嬢ちゃんみたいな子供が、一体どんな狩りするんだ?」
声を掛けてきたのは、ギルティンだ。
燃えるような赤毛は、今日のような日は、より暑苦しく見える。
ギルティンは、子供の拳くらいの夕焼け色の柑橘を両手に持っていた。
外皮が固い種類の物のはずだが、ガブリと大きく齧って、アッシュを指差す。
「罠を仕掛けて、翼竜に追い込ませるとかか?」
アッシュがフラウレティアの肩で、極僅かに喉を鳴らした。
先日の急襲は、その日の内には謝罪されたが、アッシュはどうもギルティンが気に入らないらしい。
「いいえ、獣なら短弓で。……砦に来る前に失くしちゃったんですけど」
アッシュを宥めるように、そっと灰色の鬣を撫でて言うと、ギルティンは値踏みするようにフラウレティアを上から下まで眺めた。
最初に兵士に向けられたような、強い敵意のある視線ではないが、隠しているものを暴こうとしているようにも思えて、なんとなく居心地が悪くなった。
思わず、アッシュを撫でる指先に力が入る。
「弓ねぇ……。その腕じゃ、そんなに飛ばせないだろ?」
フラウレティアの体格は、15歳間近の割には小柄だ。
少女にしては脂肪が薄くて筋肉質だが、使う武器も短弓だと言うし、大物は狙わないのだろう。
フラウレティアは首を傾げる。
「距離だけなら、弓じゃなくても結構飛ばせますよ」
「……弓じゃなくても? 例えば?」
ギルティンが訝しんで尋ねると、フラウレティアは、右肩から掛けている帯状の布を、腰布から引き抜いた。
片側をキュッと縛ると、反対側を右腕に数回巻き付ける。
「石は……、演習場にはないかな……」
フラウレティアの呟きに、ギルティンも、周りにいた兵士達やナリスも、困惑気味な表情になった。
どうやら投石するつもりらしいが、そんな簡易なやり方では、短弓以上に飛ばないだろう。
「おいおいおい……、あっ」
アッシュがフラウレティアの肩から飛び、笑い含みで止めようとしたギルティンの手から、齧ってない方の柑橘を奪った。
それをフラウレティアの手に落とす。
大きさと重さを確認しながら、フラウレティアが聞いた。
「これ、借りてもいいですか?」
「あ? ああ……」
フラウレティアは一つ頷いて、結んでいる方の布端を右手に握り、折れた布地に柑橘を乗せた。
上を向けば、演習場の上空には、焦げ茶色の山鳥が三羽飛んでいるのが小さく見えた。
たとえ成人の男性であっても、真上のこの距離を弓で狙うことは相当に難しいだろう。
しかし、フラウレティアは小さく頷くと、いつの間にか演習場の真ん中に降り立ったアッシュ目掛けて駆け出した。
翼を下に向け、丸めたアッシュの背に、助走をつけたフラウレティアは足を乗せる。
途端に、アッシュが勢いよく地面を蹴り上げて伸び上がった。
その勢いで、フラウレティアの小柄な身体が建物の二階程まで跳び上がると、空中で右腕の布を素早く回し、頭上の鳥めがけて手の中の結び目を放す。
全ての勢いを受けて、夕焼け色の弾が垂直に走った。
ボッ、と小さな鈍い音を立てて、山鳥の羽根に弾が当たった。
山鳥がギャアと鳴いて落下してくると、地面に落ちる前にアッシュが首を咥え、続けて器用に柑橘を前足で受け止めた。
難なく着地していたフラウレティアは、アッシュから柑橘を受け取ると、手の中で転がして見た。
「良かった。羽根を狙ったから、潰れなかったみたい。ありがとうございました」
そう言って、笑顔でギルティンに柑橘を差し出した。
しかし、ギルティンは顎が外れそうな顔で呆然としていて、受け取らない。
周りの兵士やナリスも、目が点になって固まっていた。
フラウレティアはキョトンとしていたが、ハッとしたように手を戻した。
弾に使用したのに、そのまま返すのは失礼だったのかもしれない。
「ごめんなさい! すぐ洗ってきますね!」
水場へ行こうと踵を返したフラウレティアに、ギルティンは慌てて言った。
「い、いや。えっと、それは……、お前にやる……」
「本当ですか? ありがとう!」
パッと顔を輝かせて、フラウレティアは礼を述べたが、山鳥の頭を齧ろうとしていたアッシュに気付いて軽く頬を膨らませた。
「アッシュ、駄目! マーサさんのところに持っていくんだから」
残念、というように山鳥を咥え直し、アッシュが厨房に向かって飛んで行く。
「あ、待って! じゃあ、失礼します」
フラウレティアはペコリと小さく頭を下げて、アッシュを追いかけて行った。
慌ただしく去って行く少女の後ろ姿を見ながら、その場にいた皆は、何が起こったのか分からないような様子で呆然としていた。
「なんか、すごいもの見たな……」
兵士の一人が呟く。
周りの兵士達が同意して頷いた。
ギルティンは困惑気味のナリスと一度視線を合わせて、首を振った。
「……どこをどう突っ込んでいいのか分からんぞ」
ガシガシと赤毛の頭を強く掻いた。
もう一方の手に力が入って、齧りかけの柑橘から汁が垂れる。
再びそれを齧る気にはなれなかった。




