保護 1
「では他に変わったことはなかったのか」
「はい。手分けして魔の森付近まで回りましたが、特にいつもと変わった様子はありませんでした」
翌朝、日の出と共に隊員達が馬で駆けたが、あの少女以外に人も見つからなければ、変わった様子もなかったらしい。
「そうか。朝早くからご苦労だったな。温かいものでも食べて休んでくれ」
日の出の時刻には太陽が見えていたが、今はまた雨季特有の薄暗い雲が出てきて、パラパラと雨を降らせ始めていた。
戻って報告をした隊士の身体も少し濡れているようだった。
少女と翼竜を発見した時、二人は少女が翼竜に襲われたのかと思ったが、ランタンに照らされた少女に目立った外傷はなさそうだった。
どうにか少女を保護しようと、翼竜を牽制しつつ動こうとすれば、翼竜は更に低く唸り声をあげた。
……彼女を守っているのか?
こちらを睨みつけたまま動こうとしない翼竜に、そう感じた。
「……危害を加えるつもりはないんだ」
ディードは口に出してみた。
アイゼルは動かず様子を見ている。
言葉が通じるとは思っていなかったが、状況を打破する為に試してみた。
竜の眷族なら知能は高いかもしれない。
「意識がないなら具合を見たい。……助けたいんだ」
翼竜を見つめて言った。
翼竜は動かない。
「……泥濘んだ地面に寝かせておく気か?」
ちらりと翼竜が後ろの少女を見た。
そして、おかしな事をしたら許さないというように、ディードにもう一度唸って見せてから、バサリと翼を動かしてディードに場所を譲ったのだった。
あの後少女を抱き上げて城内に戻った。
日に焼けた健康そうな肌に、銅色の長い髪が泥に汚れて無惨な有様だったが、目立った外傷はなく、気を失っているだけのようだった。
砦に戻ると、駐在している女騎士と下働きの下女を呼んで世話を頼んだが、警戒した様子のまま少女の側を離れようとしない翼竜に、どう手を出して良いものか、動くに動けなくなってしまった。
「ディード様……あれは、竜……ですよね?」
鳶色の髪を、勤務中と同じようにきっちりまとめたままのナリスが、その整った顔をやや引きつらせて言った。
彼女は第二部隊の隊長だ。
「そうだな。彼女から離れようとしないんだ」
後ろに控えた下女がゴクリと喉を鳴らした。
怖れているのが分かる。
「……なあ、お前、少し離れてくれないか。彼女をその格好のままにできないだろう。……風邪を引かないように、着替えさせるだけだ」
ナリスと側の下女たちを示して言った。
「言葉を理解するのですか?」
「恐らくな」
ナリスの問いに頷く。
外では確かにそう見えた。
翼竜は暫く逡巡していたようだったが、静かに翼を広げると、バサリと羽ばたいて開いたままの扉から廊下に出た。
やはり言葉が通じるようだ。
「従魔、という事にしておいてくれ」
ナリスに小声で伝えると、後を任せて部屋の外に出る。
廊下に出ると、扉を出てすぐ右の床に翼竜が座っていた。
ディードを一瞥すると、翼を小さく畳んで床に丸まった。
外では真っ白い竜だと思ったが、明るい所で見ると四肢に向かって薄い灰色にグラデーションになっていて、頭頂から尻尾にかけて、濃い灰色の短い鬣がある。
そして瞳は、魔物特有の血を流し込んだような深紅だ。
竜は不機嫌そうにパシリと尻尾を床に鳴らした。
少女からあまり離れた場所に行く気はないらしい。
ディードは、兵士に少し離れた場所から翼竜を見張るように言って執務室に戻った。
言葉を理解して、大人しくしていても竜だ。
警戒は必要だろう。