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王配の姿

侍従の声が響き、謁見の間は、一瞬空白に満たされた。


その後にざわりと発した人々の気配は、驚きが一番大きかっただろうか。

王配は、今日この場に現われないだろうと誰もが思っていた。

その上、彼が公の場に姿を現すのは新年を迎えて行われる祭事、御迎祭おげいさいの日以来で、半年以上も経ってる。

更に、共に女王が登場するなど、予定にはなかったことだ。


誰もが戸惑いや驚きを感じている内に、壇上に女王アクサナが現れた。

その隣には、王配キール。

女王をエスコートするというよりは、女王がピタリと寄り添うようにして歩いていた。


二人の登場に、再び謁見の間の貴族達は礼の姿勢を取る。

そして視線を下げながら、多くの者は驚きを大きくした。

その者達は、新年の御迎祭でキールの姿を目にした者達だ。

寝たきりとは言わずとも、それに近い状態であったキールが御迎祭で見せた姿は、(やつ)れて生気の乏しいものだった。


しかし、今はどうか。


確かに、痩せて病後を思わせる姿ではある。

けれども肌艶はそれほど悪くはなく、落ち窪んだ瞳にも、確かな力があった。

見ようによっては、褐色の肌を泥のように濁らせている女王の方が健康を損ねているようにも思えたが、表情だけは喜色が滲んでいた。

彼女は、王配の健在ぶりを皆に知らしめることが出来て嬉しいのだろう。



一番前に立ったウルヤナ王子も、貴族達と同じように立礼した。

そして、顔を上げる。

例え冷遇されていても、王族である彼は、声を掛けられる前に顔を上げることを許された者だ。


上げた視線の真正面にキールが立ち、壇上からウルヤナを凝視していて、思わず身体を強張らせた。


じっくりと観察するようなキールの瞳には、その濃青の色には似つかわしくない、燃えるような熱を感じる。

それほど強い何かを向けられるような関わりを、キールと持ったことはない。

ウルヤナは困惑する気持ちを隠して、頭の中で様々な可能性を探る。

しかし、キールにとって元々歓迎できる(王子)ではないのだから、恨まれる要素はいくらでもあるのだと結論付けて、形通りの挨拶をした。


「女王陛下、並びに王配殿下にご挨拶申し上げます」

普段なら、それだけで良い。

余計な言葉は求められていないからだ。

だが、本当に久しぶりに嬉しそうな笑顔を見せる女王()を見て、ついもう一言付け足した。

「久方ぶりに揃っての御姿、大変嬉しく思います。御二人のご健勝と睦まじいご様子を拝することが出来、皆も喜ばしいことでしょう」


「そうであろう」


女王から戻ってきた喜色の滲む一言に、ウルヤナはハッとして顔を向けた。

答えるのなら、キールの方だと思っていたのだ。


ウルヤナとまともに目が合って、女王は一瞬笑みを薄くした。

彼女もまた、思わず反応をしてしまったのだ。

おそらく、キールと共にこの場に出向けたことの喜びで、気持ちが浮き立っていたのだろう。


女王がまともに王子と言葉を交わすのを見るのは、いつぶりだろう。

貴族達は、一体何が起こっているのだろうかと思った。

王子の妃選び。

王配の回復。

女王と王子が言葉を交わす。

どれも喜ばしいことであり、また、国を揺るがすような大事でもない。

しかし、ここしばらく停滞していたようなフルデルデ王国の中で、連なる小さな変化に、これから続く何かを肌で感じた。


何かとは、何なのか。

それは分からずとも、動く気配、大きな変化が待っている、その空気を感じずにはいられなかった。




女王と王配が王子との挨拶を終え、王座と王配の座に腰を落ち着けた。

許可を得て貴族達が顔を上げると、王配は今回の正妃選びを行うことを儀礼的に述べ、三人の候補者とその親族に声を掛け始めた。

正妃選びを主導するのは、王配の役割。

アクサナはあくまでも付き添いであるようで、薄く微笑んで黙っていた。



挨拶の順番では、ディードとフラウレティアに声が掛かるのは最後だ。


フラウレティアは、その順番が来るのが恐ろしかった。

身分の高い二人の前に出ることが怖いわけではない。


ただ……。


「……ディード様、あの方が、本当に女王陛下の大切な方なんですか?」

拳を握り、隣のディードにそっと顔を近付けて囁く。

この場では黙って待っているべきだと分かっていても、尋ねずには居られなかった。

「そうだよ。キール王配だ。……どうかしたのかい?」

「ディード様は、何も感じないんですか?」

「え?」

ディードは瞬いて、二組目に声を掛けるキールを盗み見た。


キールはディードの母の従兄弟いとこで、従兄弟叔父いとこおじにあたる。

近しい関係ではなかったが、キールがアンバーク領にいた頃は、何度か会って話す機会があった。


最後に会ったのは、確か二十数年前。

アクサナが即位することになり、キールと二人の娘と共に、アンバーク領を後にする時だ。

十年以上の闘病生活で、あの頃の溌剌とした若さは年齢以上に消えてしまっているが、茶味の強い金髪と、濃青の瞳、やや右の口端を上げるクセのある微笑みは変わらない。

過ぎた月日を感じても、ここにいるのはキールに間違いないだろう。



「どういうことだい」と、フラウレティアに問い掛けようとした瞬間、キールがこちらに向き、目が合ってしまった。

ディードは仕方なく言葉を飲み込み、一歩前へ出て立礼する。


キールは目尻にシワを寄せ、親しみを込めて声を掛けた。

「ディード。久しぶりだ、私を覚えているか」

「もちろんです、王配殿下。ご不調と聞き案じておりましたが、お姿を見ることが叶い、安堵致しました」

「心配を掛けたか」

キールが微笑む。


ゴクリ、と喉を鳴らした気配を少女から感じ、黙って様子を見ていたアクサナがフラウレティアを凝視した。

そして、目を細める。

「……そなたが、アンバーク公の娘か」


しかし、フラウレティアは女王が何を思って自分を見ているのか測ることも出来ず、微笑むことも忘れてぎこちなく立礼した。

アクサナの隣で、ゆっくりとフラウレティアに視線を向けるキールが、恐ろしかったのだ。

フラウレティアに見える彼を包むのは、黒いモヤのようなもの。



アンバーク砦の外で対峙した不浄。

それを思い出させる姿が、目の前にあった。




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