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緊張の入宮

この世界の暦は、光水火土風の五つの季節に各前後二月(ふたつき)があり、計十月で数えられる。

土の季節前期月の最終週、魔術士の見立てで吉日とされたこの日、フラウレティアは初めてフルデルデ王宮に足を踏み入れた。



淡い桃色の生地に、濃緑の飾り布が控えめに、しかし繊細に縫い付けられたドレス。

ほんのりと乗せられた化粧と、同じく濃緑の石を使った小さな装飾品。

妃候補の三人の令嬢の内、最も簡素に見える装いだったが、他二人は成人しており、却ってフラウレティアの少女らしい瑞々しさが際立って感じられた。


ディードと共に王宮入りしたフラウレティアは、まずは門前払いにならなかったことにホッとしていた。

先日の応対が不敬だとして、今回の話がなくなるのではないかと心配していたからだ。

ディードやレンベーレに「恐らくそれはない」と言われてはいたが、実際に謁見の間に通されるまでは安心できなかったのだった。



謁見の間の左右には、多くの貴族達が並んでいた。


今日は候補者個人ではなく、家門としての挨拶の場という意味合いが大きい。

その為、三人の令嬢にはそれぞれ父親、又は祖父が側に付いていた。

今回の正妃選びを主導する王配キールと、ウルヤナ王子との謁見がここで行われ、明後日に小規模な園遊会として、改めて王子との面会が成される予定だ。



この場に来れば、それなりに見られるであろうことは覚悟していたが、想像していたよりも不躾な視線を多く感じて、フラウレティアは居心地の悪さを感じた。


王子ウルヤナの正妃選びは、当初想定されていたよりも、多方面から関心を寄せられていた。

まるで存在しない者のように、女王から無関心を貫かれていた王子だ。

成人しても、その後の立ち位置を定められないま、放置されているようであった為、人々はイルマニ王女の成人までは王宮に置いておいても、その後は臣籍降下されて王宮を去ることになるのだろうと予想していた。


しかし、ここにきて正妃選びを行うと発表された。

有力貴族から妃を娶るということは、今後も王族として王宮に残り、妹王女が即位した後には、妃家門と共にその治世を側で支える役割を担う可能性が出てきたのだ。


王族の婚姻を仕切る王配が突然動いたことも驚きだったが、貴族達は、妃候補に選ばれた者にも驚きを隠せなかった。

候補三人の内の二人は、大貴族院である四家門に連なる血筋の令嬢であるのに、残り一人は、アンバーク領主の未成人の娘であった為だ。

辺境守備の役割を担うアンバーク公は、代々中央政治に深く関わることはなかったというのに。


王配キールは、アンバーク領出身。

貴族達は、王配が自分に縁のある娘をウルヤナに充てがうことで、次代への側室トルスティの影響力を削ぐ目的なのではと噂していた。



そういったことで注目を増しているのだが、フラウレティアが察知できるはずもない。

だからとにかく、どうしてこんなに興味を示されているのか疑問だった。


しかし、今のフラウレティアにとって、その疑問は正直どうでも良かった。

それよりも、出来るだけ不自然にならないように気をつけながら、周囲の様子を窺っていた。


もしかしたら、魔術士が近くにいるかもしれない、そう思っていたからだ。


フラウレティアを妃候補として召喚したことに魔術士が噛んでいるのなら、近くに現れてもおかしくはないはずだ。

隠匿の魔法を使っていても、集中さえすれば、フラウレティアにも微かな違和感は感じられる。

その違和感を見つけたくて、フラウレティアは緊張感を増していた。



「フラウレティア」

隣から小声でディードに呼ばれて、はっとした。


少し近付いたディードの顔を見れば、彼がなぜ呼んだのか分かった。

彼は、フラウレティアが何を気にして緊張しているのか理解しているのだ。

だからフラウレティアは、小さく首を横に振った。

残念ながら、この謁見の間に魔術士の気配は感じない。


その時、侍従からウルヤナ王子の入室が告げられ、人々は速やかに姿勢を正して立礼した。




堂々と入室したウルヤナは、王座と王配の座が置かれた壇上には登らず、下段の端で足を止めた。

「皆、楽にせよ」

素っ気なく一言を発したウルヤナは、黒で縁取りされた濃緑色の長衣を身に着けていて、華やかな印象はない。


彼は順に顔を上げる人々を一瞥した。

その中に、顔は上げても視線は落としたままのフラウレティアを見つけ、軽く目を眇める。

込み上げるのは、バツの悪さだ。

それで軽く咳払いしたが、彼女は少しも反応しなかった。

理由の分からない焦りが込み上げたが、ここはどういう場なのかと自問して落ち着きを取り戻した時、ウルヤナの入室を告げた侍従に別の侍従が固い表情で耳打ちするのが見えた。

何か問題が起きたらしい。



ウルヤナの後に入室する予定なのは、王配キールだ。

しかし彼は数日前に高熱を出して伏せっており、今日この場には姿を見せないだろうと思われていた。


王配が何かしらの理由で公の行事に出席出来ない時、その代理を務めるのは側室の役目だ。

フルデルデ王国の場合、側室はトルスティ一人。

しかし、トルスティにそれを任せるという通達が来ていないのを、ウルヤナは知っていた。

おそらくは王配は、自分の役目をトルスティに任せたくないのだ。


ウルヤナは小さく息を吐いた。


王配キールは、トルスティ以外の高位貴族を代理を立てるだろう。

そして、女王もそれを許すのだ。

それは召喚された妃候補達に対しても相当に無礼なことであるが、女王に冷遇されている王子(自分)には相応しい扱いなのだろう。



そんな自虐的な考えが暗く頭をよぎった時、王族の入室を伝える侍従の声が響き渡った。


「アクサナ女王陛下、並びに、キール王配殿下がお出ましになられます」






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