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蠢く者達 2

魔術士館は、その名の通り国に仕える魔術士達が集う場だ。

王宮の敷地の西側にあり、採光を考えられて建てられたフルデルデ王宮の中でも、特に東西に明り取りの小窓が多く作られた独特の外観の建物だった。


オルドジスは魔術士館の大扉を入り、明るい吹き抜けの玄関ホールで目を眇めた。

ここへ来る度にこうして目を眇めなければならないのは、天井近くに連なる明り取りの窓のせいだ。


この世界の神は、太陽の兄神と月の妹神だ。

陽光と月光は、自然の中に溶け込む兄妹神の御力みちからである為、採光でそれを効率よく集めることで、この場の魔力を高める目的があるのだという。

しかし、それがどの程度の効果があるのかは、魔力素質の乏しいオルドジスには分からず、ただ眩しいだけに感じた。



足早にホールを通り抜け、廊下を奥に進む。

オルドジスに気付いた魔術士が、最奥の魔術師長室へ案内する。

途中、何人かの魔術士とすれ違い、立礼されたが軽く手を上げて通り過ぎた。


魔術師長は魔術士ザムリに会いに行ったと聞いていたので、魔術師長室で戻るのを待つつもりだったが、彼は既に戻って来ていた。


「オルドジス卿」

前触れなく現れたオルドジスを見て、魔術師長ホルドーはわずかに愛想笑いのような表情を作った。

「どうなさったのですか、急に」

「それは私が聞きたいものだ。報告が詳しく上がっておらぬ。一体ザムリは何を考えておるのか、()()把握しておるのであろうな?」

暗に、ザムリに会いに行ったことを知っていると言っているのだと分かり、ホルドーは一瞬頬を引き攣らせた。



この男は、本当に足りぬ。


オルドジスは内心そう思いながら、部屋の中央に置かれた革張りのソファーに身を沈めた。

他国からやってきた魔術士ザムリは、フルデルデ王国にはない魔術の技を多く持っていた。

その者を魔術士館に引き入れたのは利であったように思えるが、実際のところあの者を魔術師長が扱いきれているのかは怪しいところだ。



魔術師長の座には、現在このホルドーという五十過ぎの男が就いている。

魔術師長といっても、その実力は歴代最弱であろうと噂されていた。

事実、ここ十年程のフルデルデ王国では、突出して実力のある魔術士は存在していない。

元々、魔術開発や発展にそれ程重きを置いてこなかった国だったが、二十数年前に前女王や王太子が亡くなった流行病で、中央に集められていた実力のある魔術士達の多くが生命を落としたことが大きい。

おかげで、中年の魔術士の数が少ないのが現状だ。

年若い魔術士が育ってきてはいるが、魔術師長に就ける程には実績がなく、ホルドーがこの座に長く落ち着けているというわけだ。


そして、ホルドーは幸運にも転げ落ちてきた魔術師長このの地位を守るため、権力を持つ者に媚びることを厭わなかった。

小者なりに敏感に自分が役立てる場所を探し回り、見つけたのが大貴族院オルドジスだった。



十四年前。



女王アクサナと側室トルスティとの間に約束の王女(イルマニ)が生まれて一年経つ頃、王配キールとその娘二人を殺害しようとしたのは、オルドジスに命じられたホルドーだった。

同じ家門であり、甥であるトルスティを王配に据え、その血を引くイルマニを次代にしたいオルドジスには、邪魔であり、必要のない三人だったからだ。


魔術師長に就任したホルドーは、魔術師長だけが閲覧を許されている、魔竜出現以前からの記録を読み漁っていた。

そこに資料として残されていた古い禁忌魔術を掘り起こし、病に見立てて三人を殺害する計画だった。

禁忌魔術を知る者は、フルデルデ王宮には残っていない。

例え病ではないのではないかと怪しまれても、魔術の立証は出来ない。

しかし、禁忌魔術を完全に使いこなすにはホルドーの能力が足りず、結果、娘二人は亡くなったが、王配キールは生き残った。


病弱になった王配は長く生きられないだろうと診断されたが、王配の基礎体力の為か、それとも娘二人を亡くした無念さからか、彼は十年強の長い年月をかけて体調を回復していく。

そして、王配として国政にも影響を見せ始めた。


それを許せなかったのは、やはりオルドジスだ。

彼は再び、ホルドーに禁忌魔術を使わせた。

今度こそ、上手くいくはずだった。


だがしかし、意図せず他所から魔術士ザムリが現れたことで、事態は拗れる。



何処からともなく現れ、王配の生命を永らえさせている旅の魔術士ザムリ。

他の魔術士だけでなく、聖職者でさえ、王配の奇病の原因を突き止められなかったというのに、あっさりと古い禁忌魔術とホルドーの(とが)を見破った者。

王配を排除しきれなかったホルドーにとって、それを見破られることは、魔術師長の座だけでなく、生命をも失うに等しかった。


しかし、ザムリはそれを公表しなかった。

ホルドーの咎を隠蔽(いんぺい)し、王配の症状は奇病とする代わりに、ホルドーにドルゴールへの派兵に協力するよう要求したのだ。

そしてホルドーに囁いた。


『もしも竜人の血肉を手に入れることが出来れば、お前は絶大な力を得ることが出来るだろう』


その言葉は、ホルドーにとって格別に甘い蜜として染み込んでいる―――。




ホルドーは一度咳払いをして、愛想笑いを貼り付け直した。


「もちろんです。ザムリと会って確認もしております」

「ならば、なぜ王配が今動き、王子妃選びを始めたのか、その意図も確認したのであろうな?」

「イルマニ王女の成人が近付いて参りましたから、王女の婚約者選びを始める前に、ウルヤナ王子の妃を決めてしまう腹のようです。全ては王女が滞りなく立太子の儀を迎えられるようにする為」

オルドジスは太い眉を軽く上げた。


順序としてはそれが正しい。

むしろ四歳差の王子は、通常であればとうに婚姻をしている年齢だ。

しかし、女王に疎まれていることに加え、王族の婚姻を主導する役割の王配が伏せっていたことで先延ばしにされてきた。

ここに来て、イルマニ王女の補佐として王子を王宮に残すことを決め、急ぎ妃を娶らせることにしたのだろう。

同家門の血を引くイルマニを女王に据えて安定させたいオルドジスには、願ってもないことだ。


「それに加え、王配が回復傾向だと知らしめる為に行うのだそうで……」

ホルドーの愛想笑いに、皮肉めいた雰囲気が混じる。


王配が回復傾向だと知らしめたいのは、間違いなくアクサナ女王だ。

キール王配が、まだ王配としての責務を果たせるのだと主張したいのだ。

しかし、問題なくイルマニの立太子の儀を行えば、今度こそ王配を排除し、甥であるトルスティを王配の座に据えたいとオルドジスは願っている。



オルドジスは鋭い視線を向ける。

「実際のところ、王配の具合はどうなのだ」

「予定通りです」

「問題はないのだな?」


念を押すオルドジスの言葉に、ホルドーはこめかみにじわりと汗が滲むのを感じた。

「はい。王女が成人と立太子の儀を迎えた後、王配は病死となるでしょう」




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