共鳴の力
レンベーレはゆっくりと立ち上がる。
急激に全身の疲労と、空腹を感じた。
視界の端に映った窓の外が薄暗くなり始めていることに驚く。
フラウレティアと魔力を繋げてから、一体どれだけの時間が経っていたのか。
「共鳴なんて、したつもりないわ」
ようやく意識がはっきりしてきたのか、何度か軽く頭を振った後、フラウレティアは膝をついたまま言った。
そもそもフラウレティアは、自分から“共鳴”しようと思って動いたことは二度しかない。
一度目は、魔の森から不浄にまみれた魔獣が現れた時。
二度目は、旧領主館の魔穴を収めたいと願った時だ。
しかも一度目は、まだ自分には大した魔力はないと思っていたので、精霊に訴えかけようと思っただけで、自らの魔力を使って共鳴しようと考えて動いたのは領主館での一度きりだ。
そしてそれは、どちらも精霊と繋がろうとしたに過ぎない。
ギルティンには、精霊たちがフラウレティアの中に様々な想いの残滓を置いていったので、それを送ったような感覚だったし、正直言って自分でもどうやったのかよく分からなかった。
突然魔力が解放されて、あの数日の感覚はどこかおかしかった。
だからマーサの前でも魔力が溢れそうになったのだ。
その失敗を経て、それからは出来るだけ魔力を制御するように努力してきた。
魔力素質の強いイルマニ王女は、晩餐会で不意に触れた時に何かを感じたような反応をしたが、それでもフラウレティアが願っていなかったのだから、共鳴するはずがない。
互いに想いの質が揃わなければ、共鳴することなどないのだから。
「魔力が触れ合って何か感じるとしても、気持ちが揃わないと共鳴とは言えないよね?」
「そうだ。だが、お前は意図的に魔力の質を変えた。この魔術士の魔力に合わせようとしただろう」
フラウレティアは怯んだ。
確かに、レンベーレに全てを委ねようと思い、異質感を薄れさせる為に、魔力の質を合わせられないかと考えた。
自分の魔力から、風の属性を前面に出すことを想像したのだ。
「確かにしたけど……、それって“共鳴”しようとしたことになるの?」
ハドシュは掴んでいた腕を引き、フラウレティアを立ち上がらせると手を離した。
深紅の瞳で小柄な娘を見下ろし、腕を組む。
「私には理解できないが、お前はニンフのように、精霊の意思を感じると言うな。しかし、そもそも精霊とは世界を支える魔力のことだ。その魔力と意思を繋ぐと言うのは、魔力そのものを合わせることではないのか」
ハドシュはエルフのハルミアンから、フラウレティアが魔力を解放して行った“共鳴”について聞いている。
竜人の感覚で言えば、精霊はあくまでも生き物ではなく、魔力の集合体だ。
それと共鳴したというのなら、それはフラウレティアの魔力と精霊の魔力が同質で重なり合った状態であったということ。
フラウレティアはゆっくりと瞬きながら、思い返す。
精霊の感情とも言える魔力の高まりに、フラウレティアは共に添うという形で繋がり、共鳴した。
それを基準に考えるのなら、確かにレンベーレの魔力を合わせようとしたことは、“共鳴”の状態に入ろうとしたということになる。
「そう、なのかも……」
思ってもみなかったことだが、改めて考えれば腑に落ちて、フラウレティアは自分の両手を見つめた。
「あ〜、ちょっと待って、意図的に合わせていたって、どういうこと?」
今まで黙っていたレンベーレが、痛む頭を押さえていた手を二人に向けて突き出した。
太い腕を組んだままのハドシュは、動かずに視線を僅かに向ける。
「言葉のままだ。フラウレティアはお前の魔力に合わせて、自分の魔力の性質を変えた」
「変えた……って、そんなこと出来るの!?」
驚愕にレンベーレが眉根をよせれば、何のことはないと言うように、ハドシュが頷いた。
「主属性を伸ばすことに重きを置く人間には出来まいがな」
竜人はどの属性の性質も偏りなく使えるので、どれかを重点的に伸ばしはしない。
言い換えれば、やろうと思えば、どの属性でも前面に出せるということでもある。
レンベーレは、フラウレティアに一歩近付いた。
フラウレティアの身体には、色のない、淡い光のような魔力が見える。
アッシュやハドシュと並ぶとよく分かるが、それは人間のものよりも竜人の魔力に近い。
確かにレンベーレの魔力とは全く別のものだ。
それなのに、さっきは何の違和感もなく繋がった。
あの瞬間、フラウレティアとは性質的によく似ていて、すこぶる相性が良いと思った。
そんなはずはないと、こうして目にして分かっていたはずなのに、だ。
フラウレティアは確かに人間だが、この魔力で、人間には出来ず、竜人に出来ることをやってのけたのだ。
あの時間、いつの間にかフラウレティアに全て曝け出しても良いような気になっていた。
フラウレティアと繋がっていれば、世界は広がるような感覚も。
まるで意識を変えられたように……。
確かにあれは“慣らし”などではない。
主導権は、レンベーレからいつの間にかフラウレティアに移っていたのだから。
再び頭を押さえ、レンベーレは側に立つフラウレティアを見た。
顔色の悪いレンベーレのことを、気遣うような表情さえ見せている。
人間の世界に疎い彼女には、まだ事の重大さが理解できていないのだろう。
「これが“共鳴”の本当の力?……だとしたら、本気で魔力制御出来なきゃ不味いんじゃ……」
レンベーレは、そろりとハドシュを見上げる。
「だから、最初からそうだと言っている」
様子の変わらないハドシュの言葉にも、はっきりとした重みを感じた。
さっきの“共鳴”を、フラウレティアが意図的にやれるのならば、魔力を繋げる機会さえあれば、魔力素質のある人々は意識を変えられてしまうかもしれないということだ。
そして、この国では魔術素質の高い者は、ほとんどが中央に集められている―――。
レンベーレは、無意識に白い喉をゴクリと鳴らしたのだった。