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無茶な指導

魔力の“慣らし”。

それは主に、聖職者間で行われる行為だ。


魔術士は、魔力を高め自在に操れるようになって就く職だが、そもそも魔術素質がなければ成ることは出来ない。

魔術素質は生まれ持ったものである為、魔術士になれるかどうかは、生まれた時から決まっている。


しかし、聖職者は別だ。

神聖魔法の元となる神聖力は、ある日突然兄妹神からその身に()()()()()御力みちからで、誰がいつ何時与えられるのかは分からない。

欲しいと願って手に入る力でないことは魔術素質と同じだが、生まれた時から持っていないことで、その馴染み方にも大きな差があった。


成長と共に魔力を馴染ませながら、その扱いを自然に学んでいく魔術素質と違い、後付けされる神聖力は、与えられてからその扱いを覚えていかなければならない。

それはなかなかに難しいことで、そこで行われるのが、“慣らし”と呼ばれる、先輩聖職者と魔力を繋げて、直接扱いを学ぶ行為だった。


そして今、竜人ハドシュがフラウレティアに行おうとしているのが、その行為なのだった。




レンベーレは忍び足のようにそろりと廊下を進むと、突き当たりの部屋の扉の前で動きを止めた。


この部屋で、ハドシュが昨日からフラウレティアに”慣らし“を行っているはずだ。

他の者を近付けるなとハドシュに指示されているので、王宮へ赴く為の作法等を、マナー講師と二人きりでおさらいするという理由をつけて、侍女や従僕には下がらせていた。


レンベーレも同席したかったが、にべもなく断られてしまった。

『早々に使い魔を下せ』と指示されたので、それならばそうしてやろうと、指示通り使い魔にすべく、猫を下してきた。

嫌がらせのように目つきの悪い猫を下してやろうかと考えたが、逆にきゅるんとかわいい子猫を下した。

王宮へ忍び込むならかわいい猫の方が良いだろうと思っただけで、この猫をハドシュが動かすのかと想像して笑ったことが理由ではない。



扉には、当然鍵が掛かっていた。

それだけでなく、消音の魔法など、ハドシュが正体を知られない為に策が講じられている。


こっそりと様子を窺うつもりでここに来たレンベーレだったが、どうやってもおそらくはハドシュに見つかるのだろうと思い直し、開き直って普通にノックした。

コンコンコンと叩いて、「レンベーレです、入れて下さい」と名乗って待った。



しばらくして鍵が開けられたので、レンベーレはホッとして入室した。

しかし、入った途端に壁際で蹲るフラウレティアの姿を見て叫んだ。

「フラウレティア! どうしたの、大丈夫!?」

駆け寄れば、酷い顔色のフラウレティアが、床に置いた桶を抱えるように小さくなっている。

どうやら吐いた後らしい。

「レンベーレ様……」

「侍女が桶を持ってくるように指示されたって言ってたから、もしかしてと思って様子を見に来たのよ。“慣らし”で気分が悪くなったんでしょ? まったく! 吐くまでなんて、やり過ぎよ!」


他人と魔力を繋げてその扱いを学ぶ“慣らし”は、不快感を伴うと言われる。

例えるならば、全身、いや、身体の内側をくまなく他人の手で撫で回されるようなもので、よく知る相手でも、余程魔力相性が良くなければ受け入れることは非常に困難だった。

心構えの問題ではなく、生理的な嫌悪感なのだ。

子供の頃からよく知るハドシュが相手だとしても、フラウレティアがすんなり受け入れることが出来ないのも当然のことだった。




「邪魔をするなら失せろ」

急いで丸めた背をさするレンベーレの後ろから、低い声が掛かる。

キッと睨んで振り返れば、扉の側に立ったハドシュが、当然のように顎で扉の外を指した。

フラウレティアと二人きりでも、隠匿の魔法を解くつもりはないのか、それともレンベーレが来たから発現し直したのか、その姿は変わらず特徴のない地味な男性のものだった。


「出て行けるわけがないでしょう! 何なのよ、この有り様! フラウレティア、少し横になった方がいいわ」

憤慨しつつも、フラウレティアを優しく立たせて深緑色のソファーへ促すと、全く口調の変わらないハドシュが続ける。

「休ませるな。感覚を忘れない内に身体に染み込ませるのだ」

「はあぁ!?」


レンベーレの中で、何かがブチとキレた。


「ふざけんじゃないわよ、突然乗り込んできて我が物顔で。竜人様々で有難がって大人しく言う事聞くと思ったら大間違いよ!」

目をまん丸にしたフラウレティアがソファーから見上げる中、レンベーレは眉毛を逆立て、赤褐色の編み髪を強く払い、ハドシュに大股で詰め寄った。

「アッシュも大概鈍かったけど、あなた程酷くはなかったわ!」

レンベーレは微動だにしないハドシュの側まで来ると、凡庸な男の顔を下から睨め上げる。

「この際はっきり言っとくわ! 一緒に暮らしてきたから麻痺してるのかもしれないけど、フラウレティアはまだ子供なの! か弱くて繊細な人間の女の子なのよ! 心も身体も無駄に頑丈な竜人(あなた達)とは違うんだからね!」 



鼻息荒く言い切ったレンベーレを見下ろし、無表情のハドシュは、内心呆気に取られていた。

憤りよりも、驚きが勝る。


魔竜出現以降に人間に支配された時も、人間達からは多くの罵詈雑言を浴びせられたものだが、そこには、上位種であった竜人族への畏怖や嫌悪感が混じっていた。

しかし、これは別物だ。


世界から切り離されている内に、人間というものが変わったのか、それとも、この女が特殊なのか。


……ただ、知らず溜め息が漏れた。



「……ならばどうせよと?」

ハドシュは太い腕を組んだ。

「時間は限られている。ここでフラウレティアの魔力制御を完全なものにしておかねば、王宮に出向いてどういうことになるのか……、繊細な人間であるお前の方が想像できそうなものだが?」


言い争うかに見える二人を前にして、ソファーに横になることが憚られるのか、フラウレティアは座面に手をついて身体を起こしたまま、こちらの様子を見ている。

その顔色は良くない。


確かに彼女は、竜人族と生きていたが人間なのだ。


しかし、ハドシュには竜人同士でしか魔力を繋げたことはなく、人間の、ましてや未成熟の者に“慣らし”を行うなど初めてのことだ。

レンベーレが納得できるような配慮をしながら、フラウレティアを導くことなど出来るはずがない。



レンベーレは真っ赤な唇を歪めた。

フラウレティアの師匠であるエルフのハルミアンの手助けは望めない。

しかし、ハドシュにこのまま任せては、それこそ王宮に出向く前にフラウレティアが潰れてしまいそうだ。


「私、大丈夫です、頑張りますから…」

「ダメ」

見兼ねたフラウレティアが声を出すも、レンベーレがバッサリ切った。

そして、決意して大きく息を吸った。


「私が代わって“慣らし”をするわ」




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