生き残る竜人達 3
竜人族、始まりの七人。
始祖と呼ばれる彼等は、巨大な竜の身体から生まれたと言い伝えられている。
魔竜の出現によって世界を大きく変えられた後、人々は竜人の元となった竜と魔竜を同等のものとして口にするようになったが、実際は全くの別物だ。
魔竜は魔獣の頂点。
あくまでも、魔力を持った獣が進化した怪獣、獣だ。
それに対し、竜人の始まりである竜は、太陽と月の兄妹神が世界創造の際に種を蒔いた生命、古代竜だ。
持てる能力は全て神から与えられたものであり、その時代に世界を覆い尽くしていた精霊を、魔力として使用して自在に魔法を行使することが出来た。
そして、それをそのまま分割して受け継いだのが、七人の始祖だった。
彼等の能力は、大陸に生きる者達の中でも突出していて、数の増大していく人間達を導くよう使命を与えられたことで、神に選ばれた上位種族だと言って憚らなかった。
始祖達は、大陸中央に興したフルブレスカ魔法皇国に居を据え、長い年月を掛けて子孫を増やす。
それがハドシュをはじめとする、始祖の側近達だ。
皇国の奥深くの円卓に座し、側近達を手足のように使役する彼等は、いつしか“円卓様”と呼ばれるようになる。
そして更に気の遠くなる年月の末、畏怖と共に世界中に竜人族の存在感を浸透させた後は、その姿を人目に晒すことはなく、まるで世界の一部、いや世界の中心は我等七人であると言うように、ただ在り続けた。
しかし、長い長い年月留まり続けてきた始祖達は、気付かなかった。
世界の進化は、とうに彼等の手を離れていたことに。
―――運命のあの日。
突然世界を割るように皇城に出現した巨大な魔竜を、始祖達は跳ね除けることは出来なかったのだった。
「始祖と呼ばれる竜人は、本当に存在したのか」
応接室のソファに座ったディードは、壁際で立ったまま話す地味な男に尋ねた。
この部屋に四人しかいない今は、隠匿の魔法の効果を調整しているのか、確かにそこに彼が立っていることを認識出来た。
「真実だ。竜人は皆、円卓様の内の誰かを先祖として生まれている」
「その始祖達は、皆亡くなったんじゃなかったの?」
レンベーレが前のめりになり、食い入るように質問した。
太く編まれた赤褐色の髪が、気持を表すように前へ大きく揺れる。
「全員亡くなったと思われていた。少なくとも、ついこの間まではな。だが……」
ハドシュは一度言葉を切り、長く長く息を吐いた。
始祖七人の内、生き残っている可能性があるのは、第三首ヤシュトラと、第六首ザムリドゥアの二人。
ハドシュは考えに沈む。
以前のハドシュであれば、円卓様が生きている可能性を知っただけで、何を置いても即確認に飛んだだろう。
円卓様の存在は絶対であり、揺らぐことのない竜人族の要。
仕えるべき頂点であったからだ。
しかし、今は揺れている。
確認して、もし本当に生きていたら……?
過去、魔竜出現によって円卓様全員が揃って消滅したと知った時、残った竜人族の絶望は如何ほどだっただろう。
そう、その時の感情は“絶望”だった。
世界から切り離されて地の底へ捨てられたかのような、終わりの感覚。
全ての竜人族、特に円卓様に近い位置にいた者ほど、その感覚は顕著だった。
だからこそ、竜人族は一斉に弱体化して人間に支配されたのだ。
しかし、時間が経つにつれ、それが不自然であったことに気付く。
その時に皇国にいなかった者でさえ絶望を味わい弱体化するなど、不自然極まりない。
まるで、全ての竜人族が始祖七人に繋がれていたようではないか。
事実、始祖七人の何らかの力によって、竜人達は統率されていたのだと、今では分かる。
彼等が消えたことで、竜人達は個々の考えを持つようになったからだ。
今回、ドルゴールの長老会議で、円卓様の誰かが生きているかもしれないという話を聞き、喜んで確認しようと発言した者がわずか数名だったことがその証拠だろう。
人間を正しく導く、上位種族の自負があった。
しかしその実は、自らの頂点に支配された傀儡の種族だったのではないか―――。
「ハドシュ?」
黙り込んでしまったハドシュを、フラウレティアが覗き込んでいた。
我に返ったハドシュは、微かに首を振って話を続ける。
「……だが、おそらくどこかで生き長らえていたのだろう。“魂移しの術”を一人で行使できるのは円卓様以外におらぬ」
「すんごい大物が生き残っていた……」
ゴクリとレンベーレが喉を鳴らした音が聞こえた。
「レンベーレ」
どこか興奮したように頬を紅潮させるレンベーレを見て、ディードが溜め息混じりに名を呼ぶ。
竜人族の生き残りが増えたからといって、喜べるものではない。
相手は、躊躇いなくアッシュを“魂移し”の器にした者だ。
レンベーレは咳払いしながら、ソファーに座り直した。
「分かっています、ディード様」
視線は、ハドシュの側に立つフラウレティアに向かう。
安定しつつある彼女の魔力が、僅かに揺らいでいた。
フラウレティアの魔力を注意深く見つめながら、ハドシュは口を再び開いた。
「ディード卿、王宮に出向くのはいつだ?」
「三日後だ」
ディードはソファーに座ったまま答えた。
女王からの書簡に指定された日は三日後。
その日はウルヤナ王子の正妃候補が、フラウレティアを含めて三人召喚されている。
「ならば、それまでフラウレティアは預かる」
「預かる?」
ディードの腰が思わず浮く。
「別の場所へ連れて行くわけではない。この屋敷の一室を借り受ける。そこで、フラウレティアの“魔力慣らし”を行う」
「“慣らし”って?」
瞬いて見上げるフラウレティアの頭に、ぽんと手の平を置き、ハドシュはひとつ頷いた。
「ハルミアンから聞いてはいたが、お前の魔力はあまりにも不安定だ。王宮へ出向くまでに制御出来るようにする。……私が導こう」
「ハイハイ! 私も! 私もお願いいたします!」
「女、お前に慣らしは必要ない。早々に使い魔を下せ」
「うぐぐ……」
勢いよく立ち上がったレンベーレが、ビシッと手を挙げたが、速攻で却下されて唸った。
思わず小さく笑いを零すフラウレティアの頭から手を離し、ハドシュはゆっくりとその手の平を見つめた。
やはり、この感覚を知っている。
遠い過去、これに似た感覚の中で生きていた。
魔竜出現前。
円卓様の下にいた頃。
統率されて生きていたあの頃は、常にこれに似た感覚の中に在った。
ハドシュはふと、魔術士を名乗る王宮の竜人が、この感覚を求めてフラウレティアを召喚したのではないかと思った。
手の平から視線を外し、ハドシュは側に立つ人間の娘を見下ろした。
竜人と交わって育ったことで、ハドシュやハルミアンですら理解できない能力を得てしまった娘。
視線に気付き、見上げる銅色の瞳は純粋な光を持つ。
その中に、一体どんな可能性を秘めているのだろうか。
ハドシュは知らず、手の平を強く握り込んでいた。




