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生き残る竜人達 2

王都の中心地から少し逸れた所に、アンバーク領主の所有する屋敷がある。


地方貴族であり、代々積極的に中央への働き掛けをすることのない領である為に、それ程広い敷地でもなければ、屋敷自体もこじんまりしたものだ。

領主やその一族は常駐しておらず、王宮に參上する時に滞在するくらいで、普段はアンバーク領にある領主館との密な情報交換などの為、官吏達が出入りすることが多い屋敷だった。



開け放たれた門から、馬車が敷地内に入ると、先触れを受けていた使用人達が出迎える。


馬車から降りたディードは、使用人に迎えられて挨拶をするフラウレティアの横を、平然と降りて来る地味な男(ハドシュ)を見て、内心舌を巻いた。

以前、アッシュと共に馬車に乗ったことが数回あるが、その度に馬が落ち着きを無くして、宥めるのに苦労した。

いくら隠匿の魔法を習得したとはいえ、敏感な動物は騙しきれないのだろう。

利口な馬であってもそうなのだから、小動物は逃げてしまうというのも頷ける。


しかし、ハドシュは僅かにもそんなことがなかった。

馬は彼が近付いても当たり前のように整列していて、目的地までいつも通り馬車を引いた。

それ程に、ハドシュの魔法の精度は高い。

ハドシュが突出してそうであるのか、竜人というものが本来はそういうものなのかは分からないが、古い書物に竜人を上位種とした記述が多く残っていることから見ても、やはり竜人の能力は人間には計り知れないものなのだろう。



ハドシュは当然のように、ディードの前を通って屋敷の入り口へ向かう。

思わずディードが苦笑いした時、突然足を止めたハドシュが、軽く顎をしゃくって後に着いた馬車を示した。


「あの女はどうにかせねば、どれ程隠匿の魔法を使っていても注目を集めるだろう」

言われてそちらを見れば、馬車から転げ出るように降りたレンベーレが、鼻息荒くこちらを見た。

いや、そのギラギラとした熱い視線は、こちらを見ているのではなく、ハドシュだけを見ているのだ。


ディードは深く溜め息を付きつつ、額を押さえた。

まさかの竜人ハドシュの登場から、レンベーレは彼への興味が、押さえられない熱となって溢れそうなのだった。


ハドシュと出会って話したあの日、彼がフラウレティアと共に中央へ行くつもりだと聞いたレンベーレは、ちょうど、中央での任期を終えて領地へ戻って来た魔術士を捕まえて領主代行ローナスに差し出し、自分は休暇を願い出た。

そして、有無を言わせぬ勢いで付いて来たのだった。




「あ〜…、頭痛い」

太く編んだ赤褐色の髪を垂らし、だらしなく応接室のソファにもたれ掛かったレンベーレが呻いた。


「大丈夫ですか?」

侍女が運んできた布を冷水に浸して絞り、フラウレティアがレンベーレの額に貼り付ける。

「すみませんね、お嬢様」

「もう!」

赤い唇でニヤと笑ってレンベーレが言うので、フラウレティアは軽く唇を尖らせた。



馬車に同乗することをハドシュに拒否されたレンベーレは、ここに着くまでの二週、ひたすら自らの魔術で彼の隠匿の魔法を攻略しようと躍起になっていた。

アッシュが隠匿の魔法を使う時に施していた抗魔法の魔術で、確かにハドシュの存在は認識できている。

しかしアッシュの時と違い、認識しようと強く意識しなければならなかった。


レンベーレは休憩で馬車を降りる度、ブツブツと魔術発現のための呪文を構築したり、特殊紙に何やら書き付けてみたりと、異様な雰囲気を醸し出して周りの者から引かれていた。

しかし、出会いの時から隠匿の魔法を使っていたハドシュの、本来(竜人)の姿を拝むことは出来ていない。

それどころか、魔力不足に陥って頭痛がする始末だった。



「無駄なことをする女だ」

壁際に立った地味な男(ハドシュ)が低い声で呟いた。

それに対してフラウレティアが口を開く前に、レンベーレが明るい笑い声を漏らす。

「無駄かどうかは、今分かることじゃないわ」

「いくら魔法に心惹かれて力尽くそうとも、人間が解せるものではない」

「やってみなきゃ分からないでしょう。死ぬまでに、僅かにでも明かせるものがあるかもしれないわ」


頭痛がする程に手を尽くして成果がないのに、レンベーレの表情には翳りも迷いもない。

「短い生で、悠長なことだ」

「あら、長い短いは関係ないわ。生きているなら、その生命ある内に精一杯のことをするのが当然というものじゃないかしら?」


ハドシュが、始めてまともにレンベーレに視線を向けた。


「……いつの時代も、小癪な人間は居るものだ」

言葉とは裏腹に、ハドシュの声に棘はなかった。



「女、お前の使い魔は」

「使い魔? 前は猫を使っていたけれど、今はいないわ」

「ちょうど良い。小柄なものを一匹従えろ」

唐突に指示され、レンベーレは額の布を押さえつつ、軽く眉根を寄せて上体を起こした。

「なぜ?」

「その使い魔を私が又借りして、王宮へ入り込む」

「は? 貴方自身が使い魔を作らないの?」


竜人族は固定の使い魔を持たない。

必要があれば、その都度、目的地に近い場所にいる動物に魔法を行使し、使役する。


「私が直接使い魔を作って接近すれば、おそらくアッシュの身体を奪った者には、竜人が側にいることを見破られるだろう。隠匿の魔法でそばに寄っても同じこと」

ハドシュは考えに沈むように、ゆっくりと視線を暗い色のカーペットに落とした。

「どういう意図があってフルデルデ王宮に潜んでいるのかを確認するまでは、直接接触しない方が良い」


ハドシュ達ドルゴールの竜人達もまた、ディード達が推測したように、(くだん)の魔術士が生き残った竜人達と接触しようとしていると睨んでいた。

そして、その意図を掴みかねているようだった。

長老達の意見は割れ、だからこそ、ハドシュがドルゴールから単身で出てきて、ここまで一緒に来ている。

魔術士の存在と目的を、はっきりと確認する必要があるからだ。



ディードが軽く首を振る。

ハドシュがアッシュよりも数段上の能力を持っていることは、この二週間一緒にいただけで分かった。

しかし、魔術士は更にその上だというのか。

「あなたの隠匿の魔法も、使い魔も見破るとは……。一体、あの魔術士はどういう者なんだ?」


ハドシュがゆっくりと目を開いた。


「おそらく、円卓様(始祖様)の生き残りだ」

「始祖ですって!?」

レンベーレが前のめりになって言った。

額から布が滑り落ちると同時に、そばにいたフラウレティアが息を呑んだ。


ドルゴールで育ったフラウレティアもまた、それがどういう存在なのか、知っている。



始まりの七人。

ハドシュでさえも格上と認める、竜人族の頂点だ。





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