生き残る竜人達 1
フラウレティア達を乗せた大型の馬車は、アンバーク領を出てから、二週(十日)程かけて王都に入っていた。
フルデルデ王国の王都は、色彩豊かな建物が並ぶ。
その中心で存在感を放つ王宮もまた、色味の強い屋根が特徴的であったが、過去には華やかであったろうと想像の出来る暖色は、長い年月を経てくすんだ印象に変わっていた。
「この王都にも来たことがあるの?」
耳に入ったフラウレティアの声に、馬車の窓から見える街並みに気を取られていたディードは、我に返った。
しかし、その問いかけはディードに向けられたものではない。
向かい側に座るフラウレティアの隣の男に向けられたものだ。
付き人として一緒にいる、一見何の特徴もない凡庸な男。
「新国家のゴルタナ以外で、行ったことがない場所はない」
男が低い声でそう答えると、フラウレティアは感心したように小さく頷いた。
「ハドシュは本当に世界中を見てきたのね」
男は、隠匿の魔法を使った竜人ハドシュだった。
まさか、女王があれ程強く欲した竜人を連れ、王都に入ることになるとは想像もしなかった。
ディードは、強く意識しなければ、そこにいることも忘れてしまう凡庸な男を見て腕を組み、彼が現れたあの日のことを思い起こした。
王宮からフラウレティアへの召喚状が届いたあの日、庭園に現れた庭師のような男は、アッシュの父親である竜人、ハドシュだと名乗った。
目の前に立っているのに、その姿を透かして見てしまいそうな程存在を感じさせない男に、ディードだけでなくレンベーレも素直に認めることが出来なかったが、フラウレティアが名を呼んで駆け寄ったことで確証された。
使い魔ではなく、竜人本人が進んで人間の世界に現れたことは大きな驚きだった。
しかも、ハドシュはドルゴールの要の一人。
落ち着いて話を聞く為、ディード達は場所を変え、室内で向き合うこととなった。
「ハルミアンから話は聞いた」
扉を閉めて、レンベーレが消音の魔術を発現すると同時にハドシュが言った。
どうやらゆっくり挨拶を交わすつもりはないらしい。
フラウレティアは駆け寄って彼を見上げた。
「師匠は無事なの!?」
「あの太々しいエルフがあっさり死ぬものか。お前にも心配するなと言っていた」
ハドシュは無事だとは答えなかったが、ハルミアンが生きていたと知ることが出来て、フラウレティアは深く安堵の息を吐いた。
フラウレティアを見下ろして様子を確認してから、ハドシュは改めて口を開いた。
「アッシュに行使されたのは、竜人の秘術だ」
「秘術? それはやはり、身体を乗っ取るようなものなのだろうか」
少し離れた場所からディードが言った。
ハドシュは隠匿の魔法を解いておらず、その見た目は人間と変わらない。
しかし、なんとも言い難い雰囲気を感じて、知らず距離を空けていた。
「そうだ。力ある者が古い身体を捨て、健康な身体にすげ替わる、魂移しの術」
「……他者の若い身体を使って、若返るということか?」
「若返りが目的ではなく、魂の維持が目的だ」
「詭弁だ! すげ替えられた者は」
「ディード様!」
思わず強く声を発したディードは、レンベーレに腕を引かれてハッとした。
結われたフラウレティアの銅色の髪が、ゆらりと揺れる。
ディードには見えないが、フラウレティアの魔力が乱れているのだということは、今までのことで予想がついた。
しかし、ディードとレンベーレがフラウレティアの側に寄る前に、凡庸な男がフラウレティアの肩に手を置いた。
「フラウレティア、落ち着け。アッシュは生きている」
「………本当…?」
深紅が滲み始めていたフラウレティアの瞳が、縋るようにハドシュを見上げた。
「ハルミアンが見た通りであれば、術を行使した者は、アッシュの魔力を自在には使えなかったと」
視界の端で、レンベーレが大きく頷く。
「それが事実なら、術は失敗している」
「失敗?」
「ハルミアンは器の能力以上のことは出来ないと読んだようだが、本来であれば術を成した直後に融合が始まり、僅かな時間で器の魂は消え、魔力は術者が自在に操れるようになる。アッシュは魔力の扱いが不得手だが、魔力量が少ないわけではない。その魔力を扱えなかったというのなら、アッシュは融合されていないということだ」
フラウレティアは震える声で、もう一度だけ尋ねた。
「生きてる……?」
「ああ、生きている」
ハドシュは躊躇いなく頷く。
フラウレティアは両手を胸の前で握り合わせた。
アッシュは生きていると信じていた。
それでも、ハドシュに強く肯定されて、心の底から喜びが滲んだ。
ハドシュは、フラウレティアの身体から湧き上がっていた魔力が収束していく様子を見つめる。
その魔力の質は竜人に近い。
感情によって大きく安定を崩すのは、人間寄りだろう。
しかし、触れたところから混ざり合うように感じるこの感覚は、どちらとも違う。
肩に置いた手を離さずに、ハドシュは感覚を絞る。
フラウレティアの魔力に触れることは、魔力干渉を行う感覚に似ていた。
魔力を自在に操る者ならば、誰でも何度かは魔力干渉の経験がある。
上手くいかなければとてつもなく気分の悪いものだが、上手くいけば己の魔力をどこまでも広げていけるような、他では感じられない心地よさを得るもの。
フラウレティアとの感覚は後者だ。
しかも、魔力干渉を行うつもりがないのに、その感覚に寄せていかれる。
ハドシュは僅かに目を細めた。
この感覚を知っている。
古い記憶の中で、懐かしさにも似た何かが小さく震えていた。




