新たな試み
ディードとレンベーレは執務部屋を出て、フラウレティアがいた庭園に向かう。
歩きながら、部屋の外で控えていたエナにフラウレティアの様子を尋ねた。
フラウレティアは領主館に戻って来てからも、園遊会に出かける前と同じ様にディードの娘として過ごしている。
マテナが変わらず侍女として付いているが、彼女に聞いたところでは、フラウレティアは日中一人で庭園にいることが多いという。
以前は使用人達とお茶の時間を持ったりしていたが、今は一人でいたいのだそうだ。
傷心のためだろうか。
アッシュと離れて一人、ただディード達が手掛かりを見つけるのを待つしかないのであれば、その胸の内はどれ程に乱れ苦しいだろうか。
そう考えて、ディードは僅かに奥歯を噛んだ。
「……今回の旧領主館のことは、やっぱりフラウレティアがやったことなんですか?」
控えめなエナの声が聞こえて、ディードは足を止めて振り返った。
乾いた藁のような髪の青年は、細い目を静かにディードに向けている。
「エナ……」
窘めるように名を呼ばれ、エナは急いで首を振った。
「分かってます、誰にも何も言っていません。それに、……今は気味が悪いとも思っていません」
エナはフラウレティアとアッシュの正体を知っている。
やはり普通ではないとは思っているが、それは口に出さなかった。
「ただ、もしあの子がやったことなら……上手く言えませんけど、感謝したいと……」
エナの両親は旧領主館の事故で亡くなっている。
マテナもそうだ。
しかし、平民の使用人であった両親は、身元を判別するような物を身に付けてはいなかった。
そもそも、あの事故当時の状況では、一体誰がどこにいたのかも分からなくなっており、回収された多くの白骨遺体の中から、自分の両親を見つけることは不可能に近い。
おそらく、身元判別が出来る遺体から弔われ、残りの遺体を合同で葬儀することになるだろう。
だからエナもマテナも、普段通りに仕事をしていた。
その時が来るまで、他に出来ることはないのだ。
ディードは軽く頷き、エナの肩に手を置いた。
事故に関わる身内を持つ者が、あの魔穴消滅をどれだけ切に願っていたのか、ディードには痛い程よく分かる。
肯定も否定もしなかったが、ディードの表情と肩に乗せられた手の平の温もりが、エナを安堵させた。
そして、理由は分からないが塞いでいるように見えるフラウレティアが、もう一度明るく笑えるようになると良いと、不意にそんな風に思ったのだった。
建物から外に出た途端、レンベーレは庭園の方向に向けて目を眇めた。
歩を進める程に、その表情に困惑の色が滲む。
「何よ、これ……」
「どうした?」
呟きを拾ったディードが問えば、レンベーレは一度大きく喉を鳴らした。
「……庭園に精霊が集まってます」
「精霊が?」
ディードは改めて進行方向に目を遣るが、何も変わったところはない。
魔術素質のない身では、何も見えないのだ。
「“共鳴”の時のように、ということか!?」
「ええ、確かに似ていますが……、あっ、ディード様」
言うが早いか、さっと足早に庭園の囲いを抜けたディードは、低木の並びを抜けて開けた場所に出た。
離れて控えていた侍女のマテナが驚いた顔で見たが、軽く手を上げてそのまま大股で四阿に近付く。
そこには椅子に一人腰掛けたフラウレティアがいて、空を眺めるように顎を上げていたが、人の気配を感じてか、すぐにディードの方へ顔を向けた。
側まで寄ったディードは、フラウレティアの見上げた瞳の色を見て足を止め、眉根を寄せる。
見開いた彼女の瞳は、深紅ではないものの、元々の明るい銅色に比べると随分赤かった。
「ディード様、どうかなさったんですか?」
フラウレティアに声を掛けられて、我に返る。
思っていたよりもしっかりとした声と様子に、少し安堵した。
ディードが返事をする前に、後ろから追いついてきたレンベーレが声を上げた。
「『どうかなさったか』はこっちの台詞よ、フラウレティア。どういうことなの、これ?」
レンベーレは頭上からこの周辺に掛けてをぐるりと見回した。
魔力を見ることが出来ないディードには、変わらず何も見えないが、とにかくレンベーレには異常な状態に見えるらしい。
「精霊と浅く共鳴出来るのか試していたんです」
「浅くですって?」
「はい。深く共鳴するのは負担が大きいし、私か精霊のどちらかが引き摺られてしまうから、もっと浅く繋がることは出来ないかって思って」
そう言ったフラウレティアは、目を閉じて、一度細く息を吐いた。
レンベーレの目に映っていた精霊の淡い光が、四方に散って消える。
瞬きを数度する間に、辺りの風景は普段通りに戻った。
しかし、開いたフラウレティアの瞳の色は、変わらず赤味がかったままだった。
「もしかして、ここに戻ってきてから一人で大人しくしていたのって、ずっとこういうことをしてたのかしら」
レンベーレが恐る恐る尋ねると、フラウレティアは当然のように頷いた。
「はい。どちらかが引き摺られるような共鳴でなく、同じ力加減で繋がれたら、もっと何か出来るんじゃないかって思って。手探りですけど……」
「何かって?」
「例えば、遠く離れた場所のことを、精霊と一緒に感じることが出来たりするかもしれないって、思って」
精霊は、どこにでも存在する魔力。
この世界の至る所に、繋がっているということだ。
フラウレティアの指す“遠く離れた場所”が、離れてしまったアッシュを探すことであることは明白だった。
「出来ることは何でもするって決めたんです」
言い切るフラウレティアは、軽く拳を握った。




