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古き者達の考察

目を覚ましたハルミアンは、空色の天井をぼんやりと眺めた。

あまり出歩かなくなった今も、室内でも空を感じられるような気がして、寝室の天井には、斑に白の入った空色のタペストリーを掛けてある。

……ということは、ここはドルゴールにある自宅の寝室ということだ。


「………まだ、生きてる」


呟いた言葉に、離れたところから溜め息がつかれた。

「残念ながら、そのようだな」

ハルミアンはゆっくりと視線だけを横に向ける。

頭を動かそうと思ったが、そんな簡単ことも上手く出来そうにない程に疲弊していた。


視線の先には、太い腕を組んだハドシュが立っていて、無表情ではあるものの、不機嫌な雰囲気を纏っている。

彼は、ハルミアンが目を覚ましても微動だにせず、そのままの位置から言葉を発した。

「椅子に座ったまま、意識を失くしていた。いつからそうだったのか……、たまたま昨日食料を届けに来た者が見つけたから生きているが、そうでなければ今頃火葬の算段がなされていたかもしれぬ」

ドルゴールでは、亡くなれば火葬だ。

ハルミアンは軽く顔をしかめた。


「使い魔から意識の同調を切るのが遅かったんだ。消滅のギリギリまで話してたから……」

その言葉に、今度はハドシュが僅かに顔をしかめる。

同調したまま使い魔が死ねば、大体において術者も生命はないのだ。


普段からハルミアンが使い魔を使い、各地のエルフと情報交換していることは知っていた。

しかし、最近は具合もあまり良くなく、その頻度は格段に下がっていた。

それなのに、ここにきてよもや死ぬかもしれないというような使い方をするとは。

本格的に耄碌もうろくしてきたというわけだろうか。


「まったく、……お前は馬鹿なのか?」

佇まいは変わらないのに、心底呆れたような声でそう言われ、ハルミアンから思わず笑いが漏れた。

「はは、懐かしいやぁ。昔さ……一度僕、使い魔を失くしたことがあるんだ。その時にも言われたよ『君は馬鹿なのかっ!』ってね……」

懐かしい……と、小声で何度も呟く老エルフは、言葉と共に思い出を口中で甘く転がすようだった。

「……くだらん。そのまましばらく寝ていろ」

興味なさ気にハドシュは背中を向け、部屋を出ていこうと一歩動いた。



「竜人には、魂を新しい容れ物(身体)に移し替える特殊な魔法があるんだってね」



背中で呟かれた言葉に、ハドシュはぴたりと立ち止まり、軽く首だけを捻ってベッドを見た。

ハルミアンは変わらず横になったままだ。

「昔、エルフの里の文献で見たことがあるんだ」

「……失われた秘術だ」

「いや、失われていない。アッシュの身体が持っていかれた」


素早く振り返ったハドシュの表情に乏しいのっぺりとした顔が、今は強く眉根を寄せて緊張感を見せている。


「馬鹿な! 一体何者が!?」

「僕も聞きたいね。そんな魔法、ドルゴールに残った竜人以外で、誰なら使えると思う?」

ハルミアンの問い掛けに、ハドシュは息を呑んだ。

それは言外に、このドルゴール以外にも生き残っている竜人がいることを仄めかしている。



フルブレスカ魔法皇国の存在した時代、竜人達は皇国の中でのみ生きていた。

その中で、ハドシュは“始祖七人”の直属の部下として、命令を受ければ他国へ赴き、人間達を導くという名目で竜人の力を見せ付けてきた。

その役割を担う者はハドシュ以外にも数名存在したが、魔竜出現時に皇国を出ていた者は、その後の事変中に、皇国に残る竜人達と合流を果たしている。

つまりは、生き残った竜人達は、このドルゴールで暮らす者で全てのはずだった。


そもそも、“魂移(たまうつ)し”は秘術と呼ばれる特殊な魔法。

強大な力を持つ竜人といえども、一人二人では行えなかった。

皇国が存在していた時代ですら、ハドシュは始祖七人(円卓様)が行ったところしか見たことはない……。


そこでハドシュは困惑を滲ませる。

「……円卓様が、生きていると?」

「可能性としては、それが一番じゃないかな。始祖の遺体は、誰も見てないんでしょ?」


魔竜出現時、その中心は皇国の皇城だった。

皇城の奥深くに居を構えていた始祖達は、突如発生した巨大な魔穴と、そこから出現した魔竜に潰されて生命を落とした。

亡骸は原形を留めている部分が少なく、見つかったのは無残なものであった。

そんな中で、確実に生命を落としたと確認できたのは、七人の内の五人だけだ。

確認できていないのは、第三首と第六首。


ハルミアンは、掠れた声で続ける。

「これは僕の推測だけど、魔竜出現で世界の魔力(精霊)は大きく乱れた。その為に、魔穴自体も変わった……」

精霊が世界を繋げ、時折魔獣を出現させるだけだった魔穴は、精霊達の乱れに応じたものに変化した。

いたずらに手近なものを吸い込み、吐き出す、まさに精霊の乱れを反映した代物になった。

乱れて統率の取れない状態が、精霊の常になったと言ってもいい。

そして、そんな魔穴に、最初に吸い込まれたのが皇国の皇城だったのだ。


「人間をはじめとする生き物は、魔穴の中では生きられない。でも、竜人族……、なら……?」

強大な魔力と頑強な心身を持った竜人なら、魔穴の中でも、永らえることが出来たのではないか……。


今なら、その仮説が正しいのではないかと思える。

アンバーク領の旧領主館は、事実、魔穴の中に十年以上取り込まれていたのだから。



始祖が、生きている。



ハドシュは無意識に身を震わせた。

その震えがどういうものなのか、ハドシュ自身も正しく理解は出来ない。

昔のハドシュであれば、始祖の生存はこれ以上ない程の喜びであっただろう。

そう感じるよう、竜人族は統率されてきた。

しかし、今は……。


「……それで、アッシュは器にする為に拐われたのか?」

「……僕が見た限り、既に術は行われた後に見えた」


ハドシュの周りで、空気が揺れた。

過去には、始祖の為に身体(うつわ)を差し出す同胞を何度か見てきた。

それは当然のことであったし、むしろ選ばれることは誉れでさえあったはずだ。


しかし、この言いようもない、煮えるような胸の内は何だろう。

人間に幾度となく向けられた、あの感情に似てさえいる……。



「……でも、きっと完璧じゃない」


荒い息と共に、ハルミアンが細く言った。

「アッシュは始祖に……身体を譲り渡してはいない、と思うよ……」

どういうことだと詳しく問い質すつもりだったハドシュは、ベッドに近付いて、ハルミアンの顔色と疲れ切った様子に言葉を飲み込んだ。

「……今は休め。長老達に話して確認を急ぐ」


僅かに頷いて目を閉じたハルミアンを見下ろし、付け足した。

「聞きたいことはまだある。……まだ死ぬな」


ほんの僅か、ハルミアンの端正な口端が上がった。



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ハドシュが味方なのめちゃくちゃ熱い!
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