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奪われたもの 5

戸惑うフラウレティアをつぶらな瞳で見つめ、それでも鳥は、愛嬌ある仕草で軽く首を傾げた。

「ごめん、長く保てそうにないから、ゆっくりは話せないや。フラウレティア、気をしっかり持って聞いて欲しい」


しかし(ハルミアン)の言葉とは逆に、フラウレティアの魔力が不安定さを増した。

心細げに開かれた瞳に深紅が滲み、視線が揺れる。

目の前の使い魔の酷い有り様もショックである上、先程のアッシュの変貌を思い出したのだろう。

止まっているフラウレティアの肩が細かく震えるのを感じ、ハルミアンは語調を強くする。

「しっかりするんだ、フラウレティア。()()はアッシュじゃない」


フラウレティアが数度瞬いた。


「……アッシュじゃない?」

「そうだよ、当然だ。アッシュが君に危害を加えるわけがない。分かっているだろう?」


確かにそうだ。

アッシュが自分に力を向けるわけがない。


それは確信だ。


しかし、だとしたらどういうことなのか。

目の前にいたのは確かにアッシュだった。

あの身体が、ついさっきまで触れ合っていたものに間違いはないことは、理屈でなく分かる。



フラウレティアがようやく冷静に思考し始めたことを確認し、鳥は一度頷いて続ける。

「あれは、別の竜人がアッシュの身体を乗っ取ったんだ」

「乗っ取った? 別の竜人って、誰?」

フラウレティアの眉根がキツく寄った。

竜人はドルゴールで生き残っている者が全てだと思われていたのだ。

よく知るその世界の中に、まさかそんな真似をする者がいたのかと、自然と困惑と不快感が滲む。


目の前の臙脂色の鳥の姿が歪んだ。

「ドルゴールの竜人じゃない。……ごめん、でもそれを今考察して説明する余裕はないんだ。いいかいフラウレティア、単刀直入に言うよ。アッシュはまだ生きている。取り戻すんだ。自分をしっかり保ち、その為に動かなきゃならない」

「まだ……?」


フラウレティアは慄いた。

()()生きている”と表現するのなら、それは、死が近付いているということなのではないだろうか……。


フラウレティアは弱々しく首を振った。

「いや……アッシュ……」

「フラウレティア!」

「一人にしないって、約束したのに……いや」

ゴウと精霊が荒れる。

歪みを増す身体で細い足を踏ん張り、カッと鳥が嘴を開いた。


「甘えるな!」


ハルミアンの声が固く強く響いた。

ビクリとフラウレティアの身体が跳ねる。


師として多くの学びをくれたハルミアンは、今までどれだけ皮肉めいたことを言っても、決してフラウレティアに声を荒げたことはなかった。


肩に乗る鳥は、既に鳥としての形をほぼ保てなくなっていたが、その黒曜の瞳だけは、強く光を宿してフラウレティアをまっすぐに見つめていた。

「聞くんだ、フラウレティア。とんでもないことに巻き込まれたことは確かだけど、今大事なのはそこじゃない。大事なのは、君の大事な人(アッシュ)はまだ生きているけど、君がここで精霊と嘆いている内にその生命は失われるかもしれないってことだ」

「いやっ! そんなのダメッ!」

「そう、ダメだ! だけどアッシュは自分ではどうしようもない力に捕らわれている。助けなきゃ。そしてそれが出来るのは、きっと君だけだ」

深紅の滲んだフラウレティアの瞳が大きく見開かれる。

「私だけ……」

「そうだよ。どんな時でも、君が苦しい時に助けてくれたのはアッシュだった。今度は君がアッシュを助けるんだ!」


フラウレティアの身体が、ふるりと震えた。

恐ろしさと心細さに震えていた、今までのものとは違う。

不安で乾いた身体の奥底から、濃く、熱く、力が滲み出て広がっていく感覚に、自然と身体が応えるのだ。


「アッシュを、私が、助ける……」


一語一語、噛み締めるように、フラウレティアの口から言葉が溢れる。

一語発する事に、自分の中に決意のような確固たる想いが染み渡る。


フラウレティアの声に応えるように、周りで荒れ狂うままだった精霊(魔力)が、彼女の側から順に動きを収めていく。



鳥は、一度ゆっくりと瞬いた。

「そうだ、それで良い……。精霊と共にいても、フラウレティアはフラウレティアだ。決して共鳴から君の心を見失ってはいけない。……忘れては、ダメだよ……」

「師匠! 使い魔が……!」

「いいんだ」

ハルミアンの声は優しく穏やかだ。

しかし、フラウレティアは言葉を続けることが出来ずに、唇を震わせる。

魔力を長い期間練り上げて作る使い魔を、年老いた師が、もう新しく作ることは出来ないと分かっていた。


「……もう、いいんだ」

鳥はぐずりと最後の輪郭を崩すと、最後にフラウレティアの頬に、黒い嘴の先を擦り付けるようにした。

まるで本物の鳥が、親愛の仕草としてそうするように。

「君なら……、君とアッシュなら、きっと……また会えるから……」


耳に優しく言葉を残し、臙脂色の鳥は、フラウレティアの肩に金の光の粒を散らして消えた。




光の粒が一つ残らず消えた時、うねり荒れていた魔力は全て収まり、フラウレティアの頭上には、穏やかに晴れた青空が広がっていた。

開けた視界の前では、ようやく屋根に登ってきたレンベーレと村民が、血だらけで倒れたギルティンを助け起こそうとしているところだった。


レンベーレと目が合った途端、深紅の消えたフラウレティアの瞳から、大粒の涙が溢れる。

「師匠……、アッシュ……!」


駆け寄った女魔術士の腕の中で、フラウレティアは歯を食いしばって泣いた。



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