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竜人族との関わり

夜、ディードの執務室の扉をノックする音が響いた。 

従僕のエナが扉を開けると、訪ねてきたのは杖をついたグレーンだった。


「お邪魔しますぞ」

「グレーン薬師。どうしました?」

ディードは執務机の椅子から立ち上がる。

机の側には副官のアイゼルが立っていた。


エナはグレーンを部屋の中央にあるソファーに促す。

グレーンは使い込まれた杖をコツコツと鳴らしてソファーまで行くと、ゆっくり深く腰を下ろして顔を上げた。 

薄く白濁した瞳を楽しげに細めて、まばらではあるが長く垂れた髭をしごいた。


「面白い娘を拾われましたなぁ、ディード様」

「フラウレティアに会われたのですよね。どのように感じられましたか?」

ディードが大きな木目の入った机を挟んで、グレーンの向かいのソファーに座ると、アイゼルは静かにその斜め後ろに控えた。

エナは三人が落ち着いたのを確認してから、壁際の棚に置いてある茶器でお茶を入れ始める。



「物怖じせず、素直で賢い娘ですな」

まずは軽く発せられた感想を聞き、ディードは小さく頷いて同意した。

グレーンは細めていた目を開き、ディードを正面から見据えると続けた。


「ディード様、フラウレティアは竜人の文字を読むことができますぞ」

ディードとアイゼルは息を呑み、顔を見合わせた。


「薬学は、かの失われたフルブレスカ魔法皇国発祥のもの。皇国に根付いていた竜人族と深い関わりがあるゆえに、今でも表記は一部竜人語を使っております。薬学を学ばねば薬剤の文字は読めませぬ」

「フラウレティアはそれを読んだと?」

ディードは顎を撫でる。

「そうです。会話から察するに、年相応の学はあり、薬学の基礎も知っておるようでした。専門に学んではおらぬようでしたから、どこかで薬師の手伝いでもしていたのかと思いましたが、聞けばそういったことはしたことがないと」


平民であれば、十歳前後で小銭稼ぎ程度の仕事をし始めることも珍しくない。

薬学を学んでいなくても、薬師の側で雑用でもしていれば、子供は勝手に色々と覚えるものだ。

しかし、フラウレティアはそんな経験はないと答えた。


「あの様子では、フラウレティアにとって竜人語を読むことは特別なことではないのでしょうな。ならば、一体どこでそれを身に付けたのか」

グレーンはモサモサの髭をしごきながら、ディードとアイゼルを交互に見た。



かつて大陸を支配したといわれている、今は亡きいにしえの国、フルブレスカ魔法皇国。

そこにのみ生き、皇国が世界を支配する力を与えていたと言われるのが、今は幻の存在となった竜人族だ。



アイゼルは、ディードの執務机の方へ足早に戻り、机の上に開けてあった厚い本を持ってきた。

そして、グレーンの前に置いて、開けてあったページを示す。

その古い本は、世界の服飾の歴史についてまとめられた物だった。

開けてあるページには、竜人族の伝統的衣装が描かれてある。


襟のないシャツの上に、両肩から幅広の布を掛け、腰に巻いた同様の帯の内に通して留め、端は下へ垂らしてある。

その長さは年齢や立場によって様々だが、下に幅広の長いズボンを履くのは共通していて、裾は砂漠の民のように足首で窄めてあった。

フラウレティアの着ていた服に類似している。

本に載っているような、複雑な文様の刺繍や装飾はなかったが、形としてはほぼ同じと言っていい。 


アイゼルの記憶に残っていたのは、この本の内容だった。

探し出して、ちょうどディードに見せていたところだった。

「これを見て、彼女は竜人族と関わりがあるのではないかと話していたところだったのです」

「ふむ。それならばあの翼竜が一緒にいるのも頷けますな」


高位の竜人族は、魔獣の頂点である竜すら従え、使役する事ができたという。

もし、フラウレティアが竜人と関わり合いがあるというのなら、アッシュが共にいても不思議ではないのかもしれない。



垂れ落ちてきた前髪を掻き上げ、アイゼルは本に視線を落としたまま言った。

「グレーン薬師、竜人は、本当にドルゴールで生きているのでしょうか」

「ドルゴール……。そうですな、生きているとすれば、あの地でしょうが……」


魔の森を抜け、更に南下すれば、大陸最南端のドルゴールと呼ばれる地だ。

魔法皇国滅亡以前の古い記録には、人間の世界では見ることの出来ない、古代の植物や生き物がいる場所だと記されている。

しかし、魔穴が多く魔獣も住んでいる魔の森を抜けなければ、辿り着くことが出来ない場所だった。


おいそれとは近付けない地ではあるが、近年、フルデルデ王国はドルゴールに向けて騎士団や傭兵団を何度も送っている。

あの地に、失われた魔法皇国の生き残りである竜人が住んでいるといわれているからだ。


竜人は、遥か大昔に一体の竜の身体から生まれた種族だ。

その血肉は膨大な魔力を秘め、血を飲めばたちまち怪我や病気が治り、肉を食えば不老不死が手に入るという。

全ては言い伝えによるもので、真贋定かでない、いわばお伽噺のようなものだ。

しかし、フルデルデ王国の現女王は、それを欲するが為に兵を送っているのだ。


このアンバーク砦を通り、ドルゴールに向けて魔の森へ入った兵は、今まで一人も戻って来ていない。

ドルゴールに辿り着けているのかどうかも、分からないままだった。



「どちらにせよ、翼竜を連れたまま、むやみに砦から出せません。アンバーク領内に入れるのは危険ですし、壁外に出すのも……」

アイゼルが口元に指をやり、言葉を濁す。

ディードは軽く首を振った。

「まずは身元を確認出来てからだ。ドワーフの村には人をやったのだろう?」

「はい」

「報告を持って帰るまで、フラウレティアにはここにいてもらおう」


ディードの言葉を聞いて、グレーンが嬉しそうに笑った。

「では、暫く医務室にお貸し下され。嬢ちゃんは、随分役に立ちますからの」


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