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旧領主館の解放 2

真剣な表情のフラウレティアを前にして、アッシュは固まった。


……今、フラウはなんて言った?


アッシュの喉が、無意識にゴクリと鳴った。

『アッシュが、私のことをどう思っているのか』と、そう聞かれたのか。


「フラウ、何で急に。俺はいつだって、フラウのことを大事に思ってるって、知ってるだろ……」

答えている最中で、すでにフラウレティアは強く首を振った。

「そうじゃない、そうじゃないの。大事に思ってくれてるって知ってる。でも、今知りたいのは、そういうことじゃない」

フラウレティアは、再びアッシュを見上げる。

しかし不安げに揺れる瞳に、薄っすらと涙が滲む。

このまま先を言っても良いのか、フラウレティア自身に逡巡する気持ちがあるのが分かった。


しかし、フラウレティアは一度唇をギュッと引き絞った後で、心からの気持ちを吐き出した。


「私、アッシュのことが好きなの。多分、父親とは違う“好き”なの。……アッシュは? アッシュは、私のこと、やっぱり娘として……」



自覚したこの気持ちは、口にしてはならないと思っていた。

自分のことを娘だと思っているアッシュには、この気持ちを打ち明けても、きっと困らせてしまうだけだろうと思ったから。


……でも、もしかして?


もしかして、アッシュもまた、自分と同じように胸の中で想いを変化させているのかも。


そう思ったのは、あの湖畔に二人で忍んで行った夜、強く抱きしめられた腕に、今までとは違う熱を感じたから。

浅い眠りから覚めた夜中、側で見守るアッシュの瞳が、甘く揺れていたから。


いや、もしかしたら、アッシュも自分も、本当は前から持っていた想いに、ようやく気付いたのかもしれない。

そんな風に思うのは都合が良すぎるだろうか。



少しずつ、頬を染めながら俯き加減になっていくフラウレティアを、アッシュは目を見開いて見つめた。

そして、彼女が完全に俯く前に、ガバと抱きしめた。


「フラウ、俺、分かんねぇ。どう言えばいいのか。でもっ、でも離れるのは絶対嫌なんだ。フラウに誰かが触るのも、フラウが誰かに向かって笑うのも嫌だ。俺……フラウは俺だけのものがいいんだ」

口を開いたら止められなかった。


自分の気持ちが以前と少しずつ変化して、それはおそらく、父親が娘を想うものではないのだろうと気付いてから、どうして良いのか分からなかった。

それなのに、一度口から吐き出された想いは、どうやってもアッシュには止められなかったのだ。


「俺はっ、俺はフラウが娘じゃなくなっても、ずっとずっと一緒にいたい!」


言い切った途端、抱きしめられたフラウレティアが、バシバシとアッシュの二の腕を叩く。

ハッとして腕の力を緩めれば、強く抱きしめられたことが理由かどうなのか、フラウレティアは真っ赤になった顔を上げる。

そして目が合うと、えへへ、と子供のように笑って、アッシュをギュウと抱きしめた。


今度はそっと、アッシュは抱きしめ返す。


「ありがとう、アッシュ。……大好き」

そう言ったフラウレティアの声はとても柔らかで、アッシュは身体ごと浮き上がりそうな気持ちで、腕の力を強めないように耐えたのだった。





「なぁに。親戚のおじさんみたいな顔になってるわよ」

「よして下さいよ。せめて兄貴と言って欲しいですね」

からかう様に言われて、アッシュ達を離れて見守っていたギルティンは顔をしかめて隣を見る。

いつの間にか、レンベーレが並んで立っていた。

「兄貴の気分なの?」

「まあ気分的には、世話が焼けて目が離せない、ヤンチャな弟妹みたいなもんです」

「分かる!」

レンベーレは真っ赤な唇を大きく開いて、アハハと笑った。


「……竜人なんて、化け物みたいなイメージでしたけどね。実際は大仰に言われていただけで、エルフやドワーフなんかと大して変わらないんじゃないかって思い始めてますよ」

ギルティンは、ようやく身体を離して二人して照れている様子を見て、苦笑いした。

「……そうね。あの二人を見てれば、そんな風にも思えるわ……」


本当のことを言えば、その尋常ではない二人の魔力だけを見れば、魔術士であるレンベーレには手放しでギルティンのような評価を出すことは出来ない。

しかし、実際に二人と関わってみれば、人間と変わらない存在であると言ってやりたい気持ちになるのだった。


「まったく、それにしたって。これからここで大変なことをやろうって人間には見えないわよ!」

ギルティン達に見られていたことに気付き、顔を真っ赤にしたフラウレティアに向かって、レンベーレが大きく声を掛けた。




アッシュが照れ隠しなのかギチと牙を鳴らしたが、フラウレティアは笑ってアッシュの手を握った。

見下ろせば、フラウレティアがしっかりとその目を見返す。

「もう大丈夫、アッシュにちゃんと気持ちを教えてもらったから」

「……どういうことだ?」


フラウレティアは、改めて魔穴まけつを見つめる。

巨大魔穴のもやのようなものは、何者をも寄せ付けない様に、ゆっくりゆっくりと動いている。

「あそこには、あそこで生命を落とした人達の痛苦と嘆きが満ちている。でも、結局どんな大きさのものであっても、魔穴は結局精霊達が作り出したもの。……だから、精霊達(彼等)の想いが、核となってるの」


魔穴の芯の部分は、精霊達の想い。

精霊達は、愛するニンフを失くした事を嘆き悲しみ、今もそれに囚われ続けている。



「……自分の中の“大好き”っていう気持ち。しっかりここに置いてから精霊に向き合いたかったの」

フラウレティアは自分の胸を押さえる。


自分の気持ちは、アッシュにとって困るものだろうか。

アッシュが自分のことを好きだと感じるのは、もしかしたら勘違いだろうか。

そういう不安を持ったままでは、魔穴に入った途端、精霊達のニンフを想う心に引き摺られてしまうだろう。

だからどうしても、この気持ちに自信を得てから向かいたかった。



私の想いは、私の胸(ここ)にあって、決して揺らがない。



アッシュが、握った手にゆっくりと力を込める。

フラウレティアは、その手をしっかりと握り返して頷き、目の前の巨大な魔穴に向かい合った。





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