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揺れる王家

「私は、女王なんかになりたくありません」

そう宣言したイルマニ王女は、グラデーションの効いた朱色のドレスを、両手でキツく握って唇を噛んだ。


アクサナ女王とキール王配の間に生まれた王女二人が亡くなってから、イルマニは次代の女王としての期待を一身に浴びながら、ただ静かに責務を受け入れてきた。

残った王女(イルマニ)は、代々女王を頂くフルデルデ王国では、当然次代を担う者として受け取られていたからだ。



イルマニ自身もそうであろうと思っていた。

……いや、そうであらねばならないと思っていた。



だが、本当のところはどうか。

本当は、一度も自分が王位を継ぎたいと思ったこともなければ、それどころか継ぎたくないと思っていた。

責任を投げ出したいからではない。

尊敬する兄、ウルヤナ王子こそが、王にふさわしい資質を持っていると実感してきたからだ。


学べることを当たり前と思わず感謝し、常に学び、その学びを活かして国の先を考える。

現状の国の有り様を良しとせず、民がより良い暮らしを得る為に、出来ることを探して行動する。

いや、何よりも兄は、この国を愛し、民に生かされている王族(自分)の役割を理解していた。

そんな兄は、イルマニにとって眩しく誇らしい存在で、自分が兄より優れていることといえば、魔術素質が高いということくらいだ。


成長するにつれ、彼こそが王としてこの国を導くべきだと、自然にそう感じた。

しかしそんな憧れの存在()は、男で生まれたというだけで、最初から王座を継ぐ立場から除外されている。

そして、女として生まれたというだけで次代の女王として扱われる妹の為、それでも支える為の努力を欠かさなかった兄―――。



「王の座に相応しいのは、兄上様です。私じゃない」

ウルヤナの表情が強張った。

「よせイルマニ、私は王座を望んだことなどない」

「分かっています。でもそれは、そうあるべきだと教え込まれたからでしょう?」

イルマニはドレスを握る両手に、更に力を込める。

ずっと胸の内に隠してきた気持ちを吐き出すために、勇気を振り絞るように。


「兄上様がそう望む前に、母上様が全部全部潰してきたからだわ! 母上様が、兄上様が望むことを何一つ許さなかったから!」

トルスティが鋭く息を呑み、ウルヤナが怯む。


堪えきれない涙が、イルマニの瞳から次々と溢れ、頬を伝う。

「どうして我が国は優れた王子を王に出来ないの? どうして一人残った王女というだけで過剰に守られるの?」

伝い落ちた涙が、床で弾けると共に、イルマニの叫びが放たれる。


「どうして母上様は、私達家族を愛して下さらないのっ!?」



イルマニは、晩餐会の席でフラウレティアに触れ、不意に家族というものへの渇望と、親しい者への強い情を感じた。

それはイルマニが魔術素質が高いという理由に加え、彼女が胸の内に秘め続けていた想いのせいだ。


少女二人の僅かな触れ合いは、イルマニの母への想いを、耐えるばかりの家族への想いを、強く強く揺さぶったのだった―――。






翌朝早く、ディード達は別荘を後にする。

天気は良いが、月が太陽に変わってすぐであるからか、それとも湖のすぐ側であるからか、辺りの空気は僅かにひんやりとしている。


鳥たちの楽しげな歌声と、微かな葉擦れの音だけがディード達を見送っていると思ったのに、出発を待つ馬車の側に、ここにいるはずのない人物が立っていた。


「トルスティ殿下」


退去の許可は得ているというのに、こんな時間にトルスティが臣下の登場を立って待っているという事態に、ディードは嫌な予感が(よぎ)ぎりながらも立礼する。

「……一体どうされたのですか?」

トルスティは、一緒に来ている侍従も護衛騎士も、少し離していた。

彼はディードを見て、視線をその後ろに送る。


ディードの後ろには、少し離れた場所で止まり、トルスティとディードの会話を見守るフラウレティア達がいる。

その顔は僅かに緊張の面持ちだ。



しかし、フラウレティア以上に緊張しているかのように、トルスティは固い表情で口を開いた。

「ディード卿」

「はい」

「……そなたの娘を、王宮仕えさせることはできないか」

ディードが眉根を強く寄せると同時に、言ったトルスティが視線をディードに戻した。

緊張しているように見えた表情は、間近で良く見れば、困惑と迷いの色が強いようにも思えた。


「いいえ、殿下。娘は育った場所に戻します。どうかご理解下さい」

トルスティが申し出た理由を、ディードは敢えて尋ねなかった。

昨日一日の交わりで、王族の三人がフラウレティアから何かを感じ取ったからであろうことは想像できたからだ。

しかし、それを追求するべきではない。

フラウレティアを、フルデルデ王国の、いや、王宮のいざこざに巻き込むべきではないのだから、何も聞かない方が良いのだ。


取り付く島のないディードの返答に、トルスティは自嘲気味に軽く笑った。

「そうだな。……すまぬ、忘れて欲しい」






自邸へ戻るトルスティが、立ち止まって振り返る。

既に出発した馬車と騎馬は、この華やかな場になんの未練もないように真っ直ぐ進んで行く。


「強く働き掛けなくてもよろしかったのですか、殿下」

見かねた侍従がそっと声を掛けた。

「……我が子のために、他の娘を犠牲には出来ぬであろう?」

トルスティが呟いた。


フラウレティアが僅かにでも貴族社会に心惹かれているのなら、そう出来ただろう。

しかし、あの少女は、少しもそういう目をしていなかった。



『王女殿下は今のご自分を不安にお思いです。どうかもっとお話をなさって下さい、()()()()()()


あの少女が言う通り、向き合わねばならないのは自分自身なのだ。




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