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困惑の晩餐会

イルマニ王女は手を触れた途端、緑翠の瞳を大きく見開いた。

その大きな瞳にぶわりと涙が盛り上がるのを見て、フラウレティアは咄嗟に手を引く。


最近は、己の魔力制御に自信ができていた。

側に寄る人の強い想いを感じることは出来ても、無意識に“共鳴”に入るようなことはない。

しかし、自分はそう思っていても、完全ではないのかもしれない。

ふと、砦にいた時にギルティンから『制御できてないじゃないのか』と言われたことを思い出して、思わず反射的に手を引いたのだ。



イルマニの瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。

ちょうどカップにお茶のおかわりを注ごうとしていた給仕が「殿下……」と僅かな声を出した。


まるで、フラウレティアが拒絶するために手を引き、それによって王女が涙したように見えて、周りにいる者達は息を呑んだ。

一瞬遅れて、壁際にいたイルマニの女護衛騎士が、異変に気付いて踏み出した。

「ご令嬢、王女殿下に対して不敬では……」

フラウレティアに近付こうとした女護衛騎士を止めようと、ディードが手を上げようとした途端、向かい側から強い一声がした。


「よせ」


ウルヤナ王子だった。


多くの貴族が集まる場では、求められない限り自発的に発言をしない王子が、強く制止の意を発する。

それだけでも驚きだというのに、ウルヤナは笑みのない真剣な表情のまま続けて言う。

「その令嬢を不敬だと言うならば、彼女の意志を尊重しないまま、マナーに反して手を引こうとしたイルマニの方が非礼だろう」

これにはフラウレティアも驚いて、目を見開いてウルヤナを見た。

目が合うと、一瞬だけウルヤナがバツが悪そうにした。



「……そうよ。兄上様の言う通り。ごめんなさい、フラウレティア。皆、何でも無いのよ、心配しないでちょうだい」

イルマニが明るい声を上げた。

側に来た侍女が差し出したハンカチで、手早く目元を拭い、周囲に向かって微笑んで見せる。

普段の王女の笑みに比べれば、幾分か強張った笑みだったが、「何でも無いの」と強調されれば、それ以上の追求は出来ない。

特に、直ぐ側にいた者達以外には、どんな会話から王女が手を伸ばしたのかすら分からなかったのだから。


離れた席に座るトルスティが、イルマニを案じた様子で視線を向けていたが、王女は彼にも同じように笑んで、何事もなかったかのようにお茶のカップを手にしたのだった。





晩餐会が終わり、それぞれが王族に挨拶をして広間を後にする。

ここで個別に声が掛かれば、この後、小さな親睦会とも言うべき酒の席に招かれたことになる。

しかしこの夜は、王族から誰一人として声を掛けられることはなかった。

 

広間から出るとすぐ、晩餐会に参加していた貴族達から声を掛けられたが、ディードは「娘は初めてのことに緊張して疲れている」と理由をつけて、早々に場を後にした。



「あれは、何だったんだい」

「……分かりません」

周りに人がいなくなったのを見計らい、ディードが困惑気味に尋ねると、フラウレティアもまた困ったように首を振った。

「共鳴にはなっていないはずですし、イルマニ王女様の強い気持ちを感じたりもしていませんでした。……でも、もしかしたら、王女様の方が何かを感じられたのかも……」


晩餐会の間、護衛騎士達が並ぶ壁際にいたギルティンも、フラウレティアの言葉に軽く頷いた。

昨日アッシュが共鳴した時のような、一瞬二人が繋がって感じるようなことはなかった。

イルマニ王女が一方的に反応したように思える。



出口に向けて案内される先に、付き人達が待機する場があって、アッシュが安堵した様子でフラウレティアの側に寄る。

フラウレティアもまた、アッシュを見てホッとした。

アッシュ(エニッサ)、私の魔力、変な動きしていた?」

「いや?……何かあったのか?」

心配したようなアッシュの声に、軽く首を振りながらもフラウレティアは唇を噛む。


マーサに無意識に共感してしまいそうになった時のように、身体からぶわりと魔力が湧き出そうになったわけでもない。

アッシュも何も感じなかったのなら、やはり、身の内の魔力は制御出来ていたのだと思う。

だが、自分のこの能力は、検証してみなければ分からない要素が沢山ある。

何しろ、レンベーレ(高位魔術士)ですら見聞きしたこともない能力なのだから。



建物の外に出ると、無意識に大きく空気を吸い込む。

「とにかく、明日は早朝に出発しよう。これ以上長居して良いことはないだろう」

ディードが固い声で言う。

この場にいる誰も同じ思いだった。 


ディードは、自然と添うようにして歩くフラウレティアとアッシュを、横目で眺めた。

園遊会に訪れてから、アッシュは満足にフラウレティアの側にいられない。

砦を出て街の生活に混じれば、そういうことになるのは分かっていた。

しかし、ここに来て急激に心を通じ合わせ始めた二人を見ていると、これではいけないと強く感じるのだ。



アンバーク領に戻れば、早めにフラウレティアを貴族の縛りから放つべきだと考えていたが、一刻も早くそうするべきだと思った。

王女の執着がどういうものか分からないが、もしもの場合、貴族籍のままではしがらみが多すぎて、王族からの命令に背くことはとても困難だ。

幸い、“娘は育った場所に戻す”と、トルスティには宣言してある。


「フラウレティア、領内に戻ったら準備を整えて、一刻も早く舘を出るようにしよう」

顔を上げたフラウレティアの肩に手を置いて、ディードは力なく笑む。

「……勝手ですまない」





トルスティと二人の子は、招待客達が帰るとすぐ、控えの間に入った。

「イルマニ、一体、何があったのだ?」

人払いして向き合った娘に、トルスティは声を掛ける。

あの瞬間以外はいつも通りに振る舞っていた娘が、それでも何か無理をしていると感じたのだ。


さっきまで普通にしていたイルマニの表情が崩れた。

父と兄の顔を順に見遣り、大きく首を振る。


「父上様、兄上様。……私は、女王なんかになりたくありません」




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