秘めた胸の内
王女がフラウレティアを望んだのだと聞かされ、ディードは側に立つ彼女を見た。
しかし、フラウレティアは少しも目線を逸らすことなく、目の前のトルスティを見つめている。
それはいっそ、不敬だと咎められるのではと思える程だったが、ディードは何故か声を掛けるのが躊躇われた。
トルスティもまた、無言でこちらを見返すフラウレティアの目から、視線を逸らすことが出来なかった。
大きな銅色の瞳は、曇りない輝きで真っ直ぐにトルスティの目を見ている。
吸い込まれるような感覚さえ覚えて、一瞬足元が揺らいだ。
「大丈夫です、側室殿下。殿下が心配されるようなことはありません」
フラウレティアの発した言葉に、トルスティはハッとした。
今の揺らぎは気のせいかと思いつつも、瞬時に周りを見回した。
周りにはなんの変化もない。
「王女殿下は、他国で育った私のことを珍しく思われて、楽しそうに話を聞いてくださいました。私に関しては、きっとそれだけです」
「……そう……か」
力強い立ち姿で、はっきりと発言するフラウレティアを前に、トルスティは辛うじて答えた。
「でも、王女殿下は今のご自分を不安にお思いです。どうかもっとお話をなさって下さい、お父上として」
「それは、どういう……」
眉根を寄せて口を開いたトルスティの下に、侍従が寄り、高位貴族の来室を告げる。
主催者であるトルスティは、ディード達にだけ付いているわけにはいかない。
ちょうど奥の扉から、イルマニ王女とウルヤナ王子も入って来て、挨拶を交わす為に人々はそちらに流れる。
広間の壁際に移動したディードは、フラウレティアに向き合う。
「フラウレティア、さっきのは一体?」
「トルスティ殿下の周りは、心配する気持ちで溢れていたんです」
ディードは険しい表情になる。
「“共鳴”したのか?」
「いいえ」
フラウレティアは首を横に振る。
一本に編み込まれた髪が、違う違うと言うように揺れる。
「ただ、最近は……、強い感情は、側に寄ると感じてしまうんです。抑えようとしても抑えきれないような、心を占めている強い気持ちは、勝手に流れ込んで来るんです」
ディードは、数日前にレンベーレと話したことを思い出す。
レンベーレは、フラウレティアの魔力は随分馴染み、落ち着いて来たと言っていた。
魔力は感情の揺れに大きく影響を受け、フラウレティアはその傾向が強いとも。
昨夜のお忍び行動もそうだが、彼女はアッシュとの繋がりに安心感を得てきていて、魔力がより安定してきているのかもしれない。
そして、“共鳴”という特殊な能力もまた、その安定により強くなっているのではないだろうか。
「トルスティ殿下は、きっと、とても優しい方です。ずっと、大切な人達のことを想って、心配な気持ちでいっぱいで……」
何事にも積極的には関わらないトルスティのことは、いつでも冷たい印象で語られることが多い。
ディード自身も、トルスティのことは感情の薄い冷静な者だと思っていた。
それを“優しい”と形容するフラウレティアに、ディードは驚きを隠せない。
「二度しか会っていなくても、そんなことまで感じられたのかい?」
「はい。よく似ていたので、分かったのかも……」
フラウレティアの言葉が尻すぼみになった。
「似ている? 誰に?」
「いえ、私にも、何となくで……。触れていないので、良く分からなくて……」
フラウレティアは曖昧に微笑んだ。
似ていると感じたのは、ディードに、だ。
以前から、薄々は感じ取っていた。
ディードが内に秘めた家族への想いを。
愛情と喪失感。
後悔と、未だに諦めきれない、愛する人が生きているのではないかという、執着ともいうべき想い。
それはきっと、妻と子の亡き骸を目にすることも出来ないまま過ごした年月が、彼の胸に澱のように積もらせたものだ。
踏ん切りを付けるきっかけを掴めないまま、今も尚、彼自身を苦しめている。
フラウレティアは、トルスティにそれと似たものを感じたのだ。
きっと、彼も大切な人達への想いで苦しんでいる。
それは、王女をはじめとする、家族というものなのではないだろうか。
しかし、それをディードに告げることは出来なかった。
招待客が揃い、それぞれが指定された席に着く。
ディードとフラウレティアは、当然隣り合った席であったが、驚くべきは、フラウレティアの反対側の隣に、イルマニ王女が座ったことだ。
そして、その正面にはウルヤナ王子が座った。
多くの貴族達は、その席次にざわつく。
否応もなく、フラウレティアはその存在を知らしめることになったのだった。
「フラウレティア、貴女との会話は、とても楽しいわ」
「光栄です、王女様」
食後のお茶が出される頃、イルマニとフラウレティアは、にこやかに微笑み合う。
領主館でのマナー講義を、面倒くさいものだと思いながらも、真面目に受けておいて良かったと、フラウレティアは心から思った。
「明日は、一緒にボードゲームはどうかしら? ねえ、兄上様も」
「……そなたが望むならな」
食事中も、何かとフラウレティアとの会話に参加させられていたウルヤナは、どこか諦めた様な声で了承する。
しかし、フラウレティアは微笑んだまま、首を横に振った。
「申し訳ありません、王女様。私は、明日の早朝には父と領地へ帰りますので、ご一緒出来ません」
イルマニが驚いたように目を見開いた。
「まあ。そんなことを言わないで? 園遊会が終わるまで滞在しても良いでしょう?」
「いいえ。他にもたくさんの令嬢達がおいでですから、皆様とお楽しみ下さい」
王女が提案しているのに、少しも迷いや未練を見せないフラウレティアに、イルマニの表情が曇った。
「駄目よ、フラウレティア。もう少し、もう少しだけ……!」
イルマニが手を伸ばし、フラウレティアの手に触れた。