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船上の二組

イルマニ王女の侍女から言伝(ことづて)を受け取ったディードは、既に渡り板を外し始めた遊覧船に目をやって軽く溜め息を吐いた。


そもそも、王子と王女が揃って園遊会に出席とは珍しいことだった。

毎年訪れる女王が、今年は欠席であることに関係があるのかもしれない。

その珍しい二人に関心を持たれ、さらに離してもらえないとなると、フラウレティア(あの少女)は何者かと注目されるだろう。

出来る限り、フラウレティアの印象を残さないように園遊会を去るつもりだったが、これではもう無理だ。



「思惑が外れたな、ディード卿」

再び近付いて来た側室トルスティは、眩しさに目を細めながら別の遊覧船を指差す。

「我等はあちらだ」

「……いえ、殿下。私はこれで」

「どうせ娘を置いては戻れまい。娘が船から降りるまで、私に付き合え」

フラウレティアと同じく、ディードもこれを断れるはずがない。

ディードは立礼して従った。




「……そなたの娘をここまで貴族たち(あの者等)に印象付けるつもりではなかったのだが、イルマニが気に入ってしまったようだ。……すまぬ」

乗船して、周りの者が少なくなったのを見計らって、トルスティが言った。

思わぬ謝罪に、ディードは驚いて彼を見た。

トルスティは、先に離岸した遊覧船に視線を向けている。

王子と王女を含む、令息令嬢達が乗った遊覧船は、先に離岸したにも関わらず、それほど岸から離れることなく停止していた。


「なぜ私の娘をここに招待して下さったのか、お聞きしても?」

ディードが疑問を投げかければ、トルスティはふと苦笑いを浮かべる。

「……そなたの娘がどうするのか、興味があったのだ」

「どうするのか……、とは?」

怪訝そうな顔をするディードに、トルスティは苦笑いのまま視線を向ける。

「卿は、私がアクサナ女王陛下の側室となった経緯を知っているか?」

「……噂程度には」

ディードの答えと表情で、その噂がどのようなものか、トルスティには予想出来たのだろう。

彼は口端を皮肉げに上げて、軽く首を振った。

「私が王宮に残ったのは、仕方なくではない。自ら残ったのだよ」



その昔、トルスティの配偶者である王太子が亡くなった時、周囲の殆どは、彼がこのままアクサナと縁を結ぶことを強いた。

しかし、家門の一部の者はトルスティに同情的で、王宮を辞して実家に戻ることを許していたのだった。


「だが、私は戻らなかった。家門は既に弟が継ぐことで落ち着いていたし、恋仲だった娘は既に別の男に嫁していた。今更身の置き場に困る実家に戻るより、何不自由なく暮らし、周りの者達に(かしず)かれて王宮で生きる方が良いと思った。……打算的な考えで残ったのだよ」

黙ってトルスティの独白を聞いているディードを見て、トルスティは小さく息を吐いた。

「……それが、今の私と、王家の有り様を作った」


王配しか目に入らない女王にとって、トルスティは側室として在りながらも、最も忌まわしい存在だ。

排したくても、次期女王の父であるトルスティは、王配よりも貴族院からの支持が高い。

なんと扱い辛い者であることか。



「そなたが娘を元の環境へ戻すと聞いた時、その娘が、このきらびやかな貴族世界に憧れを持たぬものか。本当に、“領主の一人娘”という肩書きを捨てて平民の娘に戻りたがるものか、興味があったのだ」

トルスティが弱く笑う。

「……過去の選択を、後悔しておいでなのですか?」

「どうだろうな……」

トルスティは視線を王女達が乗った遊覧船に向ける。

遊覧船は止まったままで、こちらは動いているために少しずつ遠ざかる。


「ただ今は、次代の子等を思えば、今のままでは良くないと思っている。それだけだ……」

呟くように言った彼の言葉には、父親の情が滲んでいた。





後から動き出した遊覧船が、横を通り過ぎて湖の中央へ向かって進んで行く。

フラウレティアはそれを見て、首を傾げる。

この船は、離岸して少し進んでから動いていない。


「……この船は、なぜここから動かないのですか?」

未だにフラウレティアを側から離していないイルマニ王女が、はあ、と溜め息をつく。

「私が乗っているからよ。……もし何かあっても、すぐに救援に迎える程度にしか岸から離れてくれないの」

「何かあれば……?」

「そう。女王陛下(母上様)は、私が危険なことをするのを許しては下さらないのよ」

「危険なこと……この船に乗ることもですか?」

「ええ、事故でも起きれば大変だと言ってね。だから本当は遊覧船に乗ることも禁じられていたけれど、少し岸から離れるだけという条件で乗せて貰えたの。……私の行動は制約だらけなのよ」


フラウレティアは驚いて目を瞬いた。

遊覧船に乗ることさえも危険とは。

起きるかどうかも分からない事故を想定して、その身を心配するとは、どれ程のことだろう。

「女王陛下は、よほど王女様が大事なのですね」



フラウレティアの言葉に、イルマニの表情が固く冷えた。


「……そう。()()()()()大事よ。王女は一人だけだもの」


イルマニは、たった一人残った王女。

次の王座を受け継ぐただ一人の者。

アクサナ女王が嫌々ながらに、義務として側室と創り上げた、約束の女子なのだから。



イルマニの言葉に含まれた棘のようなものを、フラウレティアは不思議に思った。

母が子を大事にする、それは当たり前のことではないのだろうか。

例えば、砦で見てきたマーサのように。

竜人のミラニッサだって、アッシュやエニッサには他とは違う情をみせる。

拾われた異種族の子、フラウレティアにさえも。


それとも、実母を知らないフラウレティアは“母親”というものへの憧れが大きすぎて、実際の母子関係の在りようは理解できないものなのだろうか。


そんなことを考えれば、イルマニの母子関係について口を出すことは躊躇われた。

それで、思わず少し話題をそらした。


「それでこっそりボートに乗ろうとされていたのですか?」


フラウレティアのその言葉に、驚きに目をいっぱいに見開いたイルマニが振り返った。






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